江の島大師は江ノ島の高台にあります。
とても立派なお寺でした。
素晴らしい刺繍の観音様なども見ることが出来ました。
梅の花が咲いていて良い季節になりました。
江ノ島に来たら是非お参りしてください。
ここにはもともと金亀楼という旅館の別館がありましたが、昭和31年に江ノ島鎌倉観光が買い取って割烹旅館「江の島館」を開業、その江の島館が廃業した後に江の島大師が平成5年に創建されたそうです。
(金亀楼は岩本楼と並ぶ老舗旅館で、本館は今は江の島中津宮広場となっている場所にかつてあり、金亀楼はさらに昔は上の坊という寺の施設だったそうです)
護摩焚きの最中でした。
入る前から力強い御真言が響き、覗かせていただきましたが、とても荘厳で圧倒されました。
御朱印は直書きで、お気持ちでお納め下さいとの事でしたので、500円納めました。
おみくじも、小さな破魔矢と風車の2種類があり、可愛らしくて風車の方を受けました。
息を吹くと、ちゃんと回り子供の時以来でしたので懐かしく嬉しくなりました。
中には大きな不動明王が居ます(^o^)とても落ち着いた所で。
火属性の人にはおすすめやと思います。
窓から入ってくる光がとても心地よく景色も最高ですね(^o^)。
そんなに五月蝿い場所でも無く。
静かに時が立つ心地よさが感じられる場所やと思います(^o^)。
目を閉じるだけでもリラックス出来る場所ですわぉ〜(*´꒳`*)
2021/10/31。
江島神社参拝の折に見つけ、入ってよかったと思った所です。
入る前にある赤い仁王像のインパクトにテーマパーク的な感じかなと思いましたが中は静謐な様子でした。
建物に入ってすぐ左の不動像様に参拝できます。
暗闇の中で提灯等のあかりに照らされて静けさの中で不動の様子には少し圧倒されるものがありました。
建物に入って右奥にも入ることができ、現在は仏様の刺繍画を見ることができます。
一番下の階は一部屋が納骨堂につながっており、もう一部屋は何らかの仏様が居られる部屋だったと思いますが入るには住職さんに尋ねる必要があるようでした。
江島神社に向かう途中に見つけ、お参りしてみる事にしました。
こちらは鹿児島にある高野山最福寺の別院で、平成5年に創建されたようです。
入るとすぐ、真紅の仁王像が目をひきます。
本堂の中は自由に見学出来ます。
護摩行も毎日行われていて参加可能とのこと。
ご本尊は不動明王で、室内にあるものとしては、国内最大の高さ6メートルの赤不動像があります。
池口恵観先生が素晴らしいです。
月一回数日間、和光先生とともに江ノ島大師にいらして、御相談や護摩行をしてくださいます。
真言密教の行者で、毎日欠かさず護摩行をされ、燃え盛る灼熱の炎の前で長時間、人々の祈願文を書いた護摩木をくべられお経を唱えながら、人々の苦しみ悲しみ悩みを我が身に受け、氏神先祖供養、水子供養をされ、人々の不幸や因縁や苦しみが解消され、人々が光につつまれ救われるよう、一心に不動明王はじめ仏様にお祈りくださってます。
私個人は、身をもって実践されておられる、日本一の、日本最高の僧侶と思っております。
恵観先生が鹿児島最福寺や高野山にいらっしゃる時も、三木先生はじめ江ノ島大師の皆様が、お寺で行をしてくださってます。
坂の途中にあり覇王と仁王が門の中に居ました。
更にちょっと階段を下り左に行くと本堂があります。
とても静かで静寂な感じで心が落ち着きます。
江の島岩屋に行く途中にあります中まで入りませんでしたが 仁王様が目をひきました。
御朱印も頂けます。
金額は「お気持ち」で良いそうです。
毎年、お清めの塩を頂きに行って居ます。
独特な雰囲気で良いですよ。
江ノ島神社の中津宮と奥宮の間にある江ノ島大師さま。
少し奥の本堂で御朱印もらえます。
エスカーを使わずに登りましたが、良い運動になりました。
江ノ島にあります、江島神社が大きな観光スポットの影響しているのか人は少なく落ち着いて参拝していただきました、中は不思議な空間で心が落ち着きました、あとこちらはオリジナルの御朱印帳がありましたのでいずれ手にする事が楽しみです。
昔のステンドグラスの窓、きれいでした。
手作り風車付きの御籤可愛いので・・・まだ、とってあります。
人も少なく、本堂の中にて参拝できました。
本尊の不動明王の姿には、圧倒され、荘厳な雰囲気でした。
御朱印をいただきました。
川崎大師よりは小さかったけど,あと仏閣と言うか1階建ての建物でした。
江ノ島の入り口からはかなりの階段を登ってようやく着きました♪御朱印もなかなか良い感じだったので来た甲斐がありました♪入り口に真っ赤な仁王が二つが出迎える感じでした♪
入り口に立つ 赤い不動像はインパクト大!吸いこまれるように本堂へ。
暗すぎて( 笑 ) 赤不動像が見えなかった (*´・д・)
海が綺麗に見えます。
夕焼けも綺麗です。
少し料金は掛かりますが江ノ島大師は山の頂上ですのでエスカレーターを3回乗り継ぎで頂上迄行けます。
途中に駐車場も有りました。
お寺というには、入り口付近の建物が近代的で、胡散臭さを感じてしまう為入りづらくなっていててとても残念。
ですが、一歩境内に入れば、諸々の仏像や香炉もあり、ご本尊、本堂も開けており、靴を脱いだりしなくても拝めるし、また気楽に靴を脱いで本堂へ入る事も出来て、大変すばらしいお寺です。
見慣れた お寺さんとは外観が ちょっと違いますが、中に入ると「普通のお寺」さんでした。
外の賑やかさが嘘のように静かです。
御本尊の不動明王が祀られていて、素敵な御朱印も書いていただきました。
「僕は具象彫刻家」 松田光司スペシャルインタビュー2016.06.01Vol.3 藝大時代~最初の仕事松田光司 Mitsuji Matsuda1965年愛知県春日井市に生まれる。
具象彫刻家。
東京藝術大学大学院美術研究科彫刻専攻修了。
1989年サロン・ド・プランタン賞(東京藝術大学、卒業制作展)、新作家賞(東京都美術館、新制作展)を受賞。
2001年ルーヴル美術館提携NPO(特定非営利活動法人)グラン・ルーヴル・オ・ジャポン理事就任(2008年より「日仏子供ヴィジョン」に名称変更)。
2014年箱根駅伝90回記念モニュメント「絆」(読売新聞東京本社・東京都千代田区大手町)をはじめ、全国40ヶ所以上に作品が設置、収蔵されている。
藝大時代~最初の仕事Vol.2では美術系の予備校に入るまでのお話を伺いましたので、今回は藝大に進学されてからのことを聞かせていただきたいと思います。
どんな学生だったんですか。
上石神井にあった寮に住んでいたんですが、満員電車が嫌で、上野まで自転車で通うようになりました。
月曜日から土曜日まで毎日、片道18キロをママチャリで、往復ね。
結構な運動だと思いますが......藝大ではどんな授業を受けていたんですか。
僕がいた頃の話だけど、1年生は9時から12時は彫刻に費やす必修授業で、午後からが学科。
2年生になると学科より彫刻の時間が増えて、3年生になると、午後はほぼ彫刻の時間。
4年生は朝から晩まで彫刻だけ。
彫刻に打ち込める環境だったんですね。
でも僕には足りなかったですね。
ずっと彫刻をしていたくても、藝大の彫刻棟は、管理の問題で18時には閉まってしまうから。
怪我とか事故があったら大変だという理由で。
それで、僕は彫刻ができる時間を増やしたんです。
と言いますと?入学してしばらくすると、朝は9時から授業だけど、助手さんはどうも8時くらいに来ているということが、わかった。
それで8時に行くようにした。
しばらく経つと、鍵は、守衛さんに学生証を見せれば借りられるらしい、ということがわかった。
そこで守衛さんに聞いたら、「それはいいけど......」と。
で、7時30分に行くようになり、それが7時になり、6時になった。
やがて5時50分に空いていることも確認できたので、5時30分に行くようになったら、守衛さんより早くなって、「うわあ、来てるわ」となった。
でも「さすがにこの時間に正門は開けられないから」ということで、正門の隣にある小さな扉から入れてもらうようになって、それ以降、朝の4時30分に家を出て、5時30分に着くようにしました。
週6日、ひとりで制作できる時間が作れたのは本当にラッキーだと思いましたよね。
それは......藝大の中でも有名人だったでしょうね(笑)。
朝の4時30分に寮を出て、5時30分に着くという生活を、どれくらい続けられたんですか。
大学1年生の後半から、卒業までですね。
もう大学在学中に「彫刻一筋で行こう!」と決めていたんですね。
2年生の頃はまだ「何かアート系に関わる仕事に携わるのかな」くらいの気持ちでいたけど、3年生の後半には「彫刻家として生きていこう」と思っていました。
それ以降は全く迷っていないですね。
結局、クリエイターとして生きていくか、会社員になるか、って悩む程度だったらこっち側に来られない。
本当にそれをやりたい人というのは、気付いたらこっち側にいるんですよ。
天秤にかけられる程度じゃないの。
迷わなくなった具体的な理由ってありますか。
大学院の時には、画商さんとかに作品が売れ出したんですよ。
学部の頃に作った作品も少しずつ売れて、それから依頼仕事も来るようになりました。
初めて「これを作ってください」と指名されたのは、江ノ島のお寺さん、高野山真言宗最福寺関東別院の不動明王です。
3m20の巨大なものが、今もご本尊として安置されていますよ。
ただ、仏像って、仏師が作るもので、彫像とはジャンルが違うんです。
でも画商さんの紹介で、やらせてもらうことになって......研究しましたよね。
お寺回って、本も読んで。
まだ大学出たての26歳の僕に、なんでそんな畑違いの仕事が来たのかって不思議でしたけど、ご縁としか思えないですよね。
とにかく、彫刻家としていいスタートでした。
それで仏師の道に、ということにはならなかったんですね。
評価もされたんですけど、それ以降は仏像を作ることはなく、具象彫刻を作っています。
この十数年は、レリーフ(浮き彫り)の仕事もいただいているので、粘土の立体物だけ、というわけじゃないんだけど。
「レリーフ」のお仕事の内容を教えていただけますか。
野球界に貢献して殿堂入りされた方々をレリーフにして、東京ドームにある野球殿堂博物館に飾るんです。
昭和30年代から始まっていて、僕の前に、初代、2代目、3代目がいます。
60歳を超えた、地位や名誉があるような人が受ける仕事なんですが、巡り巡って、僕は36歳の時からずっとやらせていただいています。
現時点で、56枚作りました。
3代目までに作られたものと合わせると180枚ちょっとあるので、すでに4分の1以上、僕が作ったことになりますね。
帽子のツバが飛び出ていたり、人物の鼻も飛び出ているように見えるんですが、実際の高さとは違うわけですよね?簡単に言うと、立体のものを平面にするのがレリーフ。
でも平面でありながら、少し立体。
レリーフは、立体を理解していた人でないと、うまく作れません。
立体をわかっているからこそ、レリーフ制作に必要なうまい嘘がつける。
たとえば帽子のツバも、浮き彫りをしてどうやったら立体的に見えるのか、という視点で考える。
レリーフ制作の面白さって、うまい嘘をつくことだと思っています。
初めていきました。
荘厳な感じで素晴らしかったです。
サムエル・コッキング苑の隣に不動明王が並んで建っている大師様です。
厄除け祈願・お悩み相談・各種祈願・地鎮祭・家祓い・氏神供養・除霊など。
少し入りづらいです。
江の島の中腹、ノッキングコック庭園の付近にあるお寺です。
江島神社のイメージが余りにも強いため、児玉神社もそうですが存在感が弱いようです。
ですが、建物はお寺らしくないですが、内部は仏像が多数あり雰囲気があります。
江の島大師は江ノ島の高台にあります。
ここに行くにはたくさんの階段を上らなければ辿り着けません。
徒歩で行くにはかなり大変ですが、江ノ島神社に行く時と同様にエスカーを使って登る事が出来ます。
もちろん料金はかかりますが、楽に登れます。
僕は健康の為に、いつも徒歩で登りますが。
そして、徒歩はもちろん無料です。
江の島大師は、別名、最福寺別院という名前があります。
なんでも鹿児島にある最福寺が本院だそうです。
御朱印を貰うと、江の島大師の名前と共にその名前も記載されます。
御朱印は本堂にある寺務所にて頂戴出来ます。
志納金は300円です。
また、江の島大師オリジナル御朱印帳も販売していて、そちらは各2000円となっています。
ちょっと高めですが、美しい御朱印帳です。
名前 |
江の島大師 |
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ジャンル |
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電話番号 |
0466-50-2111 |
住所 |
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関連サイト | |
評価 |
4.1 |
今は体調不良の為、中々家から出歩けなくなってしまっですが、自分と静かに向き合いたい時、お不動様とお話をしたい時には、良くこちらに伺ってました6mある赤不動様は護摩行のススで真っ黒になって迫力がありますが、とても心優しいお不動様です副住職様には色々辛い時に励まして頂いて本当に感謝しております皆様もお元気でしょうか?体調が回復したらまた伺いたい御大師様です。