奥溪家、江戸時代医師のお屋敷。
奥渓家(おくたにけ)は、キリシタン大名 大友宗麟の末裔が住んでいたという屋敷で、京都市指定有形文化財の家屋。
大友宗麟の息子 義統の子、奥渓以三中庵は、若くして上京し、キリシタンで医者の曲直瀬道三(まなせどうざん)に師事したと伝えられ、子孫の方は現在も漢方薬店を営んでいます。
東福門院様崩御の後は家禄を返上して当屋敷(別荘)に移り住み、仁和寺宮門跡の侍医も八代迄務めた医家です。
侍医の時の良薬を製造し、現在は製薬として今日に至っています。
入口の長屋門と母屋(木造2階建、瓦ぶき、煙抜き付)はいずれも江戸期の町家様式をそのまま伝える建物で、市指定建造物ですが非公開です。
茅葺屋根の非常に大きな家で、門構えだけでも圧倒されます。
この辺りにキリシタンの小さな聖堂があったが、弾圧の折に焼き払われたという言い伝えが残っています。
名前 |
奥溪家住宅 |
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ジャンル |
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住所 |
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関連サイト | |
評価 |
3.4 |
奥溪家、江戸時代医師のお屋敷。
茅葺き屋根は市内に残る貴重な建てやです🎵