中をくぐる道がある唯一の掩体です。
前浜掩体群 7号掩体 / / .
大湊小学校のすぐそばにあり、子どもたちはこの掩体の下をくぐり抜けて登校している。
実は、この掩体の後部がこわされていること、農道と水路が掩体の中を通っていることが特徴である。
掩体の建設がはじまったとき、軍は周囲の農民の意見(「ここに敷設しようとしている用排水管では小さすぎて、雨天の折には排水が不十分で、上流の田んぼには今後長期にわたり大きな支障をきたすので大きな径の管に取り替えてもらいたい」という内容)も聞かず「非国民」さえいわれ、有無を言わせず実行したものであった。
戦争が終わり、農民たちは無用になった掩体の後部を打ち砕いて、道と水路を復活させた。
過去の暗い時代から新しい時代を切り開くことを象徴しているかのようであった。
この7号掩体には、もう1つ特徴がある。
この掩体の天井には、「むしろ」やセメントの袋の跡がついている。
つまり、これらのことにより掩体のつくり方がわかるのである。
まず、掩体と同じ大きさの土まんじゅうを作り、大勢の人で踏み固め、その固められた土の上に「むしろ」やセメント袋などを敷き詰め、その上にセメントを流し込み塗り固めるというものである。
セメントが固まったら、中の土をすべて取り除けば完成である。
天井に「むしろ」やセメントの袋の跡がつくのは、その理由からである。
その作業していたのは、中学生、近くのお母さん、高知刑務所の受刑者、強制連行で連れてこられた朝鮮半島出身者であった。
もの言わぬ掩体であるが、無言のうちに戦争の悲しさ、平和の大切さを訴えている。
名前 |
前浜掩体群 7号掩体 |
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ジャンル |
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住所 |
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評価 |
4.2 |
中をくぐる道がある唯一の掩体です。