家事で焼失した駅舎を見てみたかったです。
JR深名線 幌加内駅跡 / / .
良い雰囲気で残されておりました!
2022年9月訪問。
ミニチュアのジオラマのようにコンパクトに纏まっています。
かつては深川と名寄をつなぐ路線があったんですね。
線路と記念の石がある程度で、あたりは何もなくひっそりとしています。
幌加内駅跡は今はもう建物はありませんが、駅があったことを示すような線路の一部がありますね。
すぐ近くの松屋食堂は今はもう辞めましたが、やはり人が行き来する所は国道沿いになりますね。
駅跡の裏の除雪センターは元は三津橋産業と幌加内町役場の合弁でしていた幌加内林産振興公社でそこで働いていたので懐かしく感じますね。
当時の駅舎は火災で消失。
ホームも道路工事で消滅してしまいモニュメントしか残っていない。
駅名板は当時のものらしい。
線路のモニュメントは当時の路線に沿ってる訳ではないっぽい?30度くらいズレてる気がする。
線路跡も含めてほぼ痕跡は消えた駅、モニュメントはありますが、本来の駅からはかなりズレてます、駅跡としての価値は全く無いです。
廃線後にも2回ほど訪れましたが、写真すら撮らず。
列車が来ない駅跡は寂しいものです。
20年前の秋に、この駅を訪ねました。
その時にこの駅で髪の長い綺麗な女性と会話した事を不意に思い出しました。
今でも有るのか判りませんが、お婆さんが経営する駅前の蕎麦屋で夕食を取り、明かりに誘われるように入った旧駅舎の中で彼女と出会いました。
バスの待合所となっていたとは言え夜8時を過ぎた駅舎内の椅子に自分より若干年下くらいの若い女性が居るのがどうしても気になりました。
外に彼女の車だと思われる小型車が止まっていたので、誰か家族の迎えかとも思いましたが椅子に座って黙々とレポート用紙にペンを走らせる表情がパッと見で思い詰めてるかのようにも思えて来て。
旅の恥はかき捨てだと思いきって声を掛けましたが、今思うと知らない男に話し掛けられて気味悪く感じたでしょう。
とりあえず自分は栃木から休暇を利用して車で北海道を旅してる事等話し、彼女もこの駅は人が殆ど来ないから大学の宿題をするのに丁度良いと話してくれました。
あれから20年。
彼女は40才前後になっている筈です。
きっと幸せに暮らしている事でしょう。
ここに駅跡があったのですね。
何も無い駅跡ですが、蕎麦まつりがあると賑わうそうです。
石碑と線路跡が残されています。
「幌加内駅(ほろかないえき)は、北海道(空知支庁)雨竜郡幌加内町字幌加内にあった北海道旅客鉄道(JR北海道)深名線の駅(廃駅)である。
電報略号はロカ。
深名線の廃線に伴い1995年(平成7年)9月4日に廃駅となった。
」Wikipedia
そば祭りで行きました、美味しいお蕎麦、たいへん満足しました。
冷たいそば、温かいそばを食べられて本当に満足しました。
駅跡地も懐かしい感じました。
幌加内蕎麦祭りが定着したイベント広場です。
本州の蕎麦産地からも蕎麦職人が腕前を披露しています。
同時に蕎麦の検定試験も役場で開催しています。
新そば祭りで訪れました。
大勢の人で賑わっていて活気がありました。
もりそば、そば団子、など蕎麦づくしで満足しました。
パネル展の会場で開催していた自作ソバガキが意外に楽しかった。
雪に埋もれていました。
家事で焼失した駅舎を見てみたかったです。
駅舎が焼失してしまったのが残念…
さみしい場所です。
駅名看板と線路のみ。
仕方の無いことですが、モニュメントだけになってしまってさみしいです。
駅舎は火事により焼失してしまいましたが、ここに駅舎があって人々が行き交っていた事は皆の心の中にずっと残っていくことでしょう。
廃止後、駅舎は残念ながら全焼しましたので、現在は簡素なモニュメントのみになっています。
わずか数メートルのレールと駅名票がポツンとあるだけで他には全く何もナシ。
現役時代の面影を求めてやって来るとメチャガッカリします。
同じような状況でも、隣の上幌加内駅の方がずっと風情があります。
名前 |
JR深名線 幌加内駅跡 |
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ジャンル |
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電話番号 |
0165-37-2700 |
住所 |
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評価 |
3.5 |
今はレールを残すのみ。