新しくなって通行はしやすくなりました。
鶴岡八幡宮の敷地から由比ヶ浜の方へと向かって真っ直ぐに石畳の通路が敷かれています。
遠くまで一直線に続いて見えるのは、八幡宮から遠ざかるほど道幅が広くなり、両側の土手も高くなっているからだそうです。
海側から鶴岡八幡宮へ行く参道。
小町通りも良いですが、初めて行くときはせっかくなのでこちらからをお勧めしたい。
この間はちょうど桜の時期に行きましたが、桜のトンネルになっていてとてもキレイでした。
行きは見ることに専念しちゃったので、帰りながら動画撮りました。
道の造りはちょっと珍しく、両サイドの車道は一方通行なので反対側に行きたいときはぐるっと回らないと行けない。
それぞれに歩道も着いているのでお店にも行きやすい。
小学校などでよく習うと思いますが、八幡宮に近づくにつれて道幅が狭くなっていることも気にしてました歩くとより良いかもしれません。
2022年訪問鶴岡八幡宮の境内として神社の私道扱いとなっています。
2016年に完成した改修工事の際に桜の代替わりが実施されて年数が経ち、成長と共に桜のトンネルが復活しつつ有ります。
鎌倉イチの桜の名所です鎌倉で桜を見るならだんかずらです段葛は鶴岡八幡宮2の鳥居から八幡様の入口までの両側が桜並木の一段高くなっている参道です。
由比ガ浜側からの鶴岡八幡宮を望むロケーション、鶴岡八幡宮本宮から由比ガ浜方面を望むロケーション、どちらも素敵です。
桜の季節はその歴史を感じながらのお花見「段葛」散策もいいですね。
嵩上げされた参道は少し優雅な気持ちになれます。
桜が満開の時はとても綺麗です。
昼間は人が多くて、ゆっくり見ていられないですが、早朝や夜はお勧めです。
朝8時くらいまでなら空いていますし、鶴岡八幡宮までゆっくり歩くと気持ちが引き締まりますよ。
鎌倉時代は作道とよばれていました。
雨が降るたび若宮大路に土砂や水が流れ込み、道がぬかるんで歩き辛くなったために、道から一段高い道を建設したのが段葛です。
特別な地位の人用の通路だったとされています。
JR鎌倉駅東口改札より徒歩3分。
バス通りに出ると左手に石造りの大きな二の鳥居があります。
その下から三の鳥居までの約480mの鶴岡八幡宮までの参道のことです。
源頼朝が、妻・政子の安産祈願のために自ら指揮をして造らせたものと言われています。
ここは車道より一段高くなっている整備されている歩道。
幾度となく改修されてきた歴史がある。
最近は平成の大改修で路面はさらに舗装され、老朽化した桜や植え込みの鮮やかなツツジが全て若いものに植え替えられた。
今はシンプルに整い、まだ小さな桜の木やツツジが左右にたなびいている。
鶴岡八幡宮参拝には是非ここを歩いてほしいです。
鎌倉幕府の歴史を感じることができます。
毎年❬古都・鎌倉❭の桜の花を楽しむことができる名所の1つです。
鎌倉に行くと必ずこ寿々わらび餅を購入します。
昔は、店内で食べていたのですが有名店の為とにかくお店は混みます。
最近は、お土産で買って帰ります。
あのとろとろぷりぷりの食感は癖になります。
黒蜜の上品な甘さときなこの味がより一層うまさを引き立てます。
おみやげでも購入できるので家でゆっくり味わうのもいいかもしれません。
6.鶴岡八幡宮参道:鶴岡八幡宮の参道は若宮大路と呼ばれる。
由比ヶ浜から八幡宮まで鎌倉の中心をほぼ南北に貫いており、京の朱雀大路を模して源頼朝が自らも加わり築いた。
鳥居と段葛(だんかずら)若宮大路には、3つの大鳥居があり、一ノ鳥居付近から三の鳥居まで段葛が続いていたそうです。
現在は、二の鳥居から段葛と呼ばれる車道より一段高い歩道がある。
この段葛は、二の鳥居の辺りでは幅4メートルほどだが、三の鳥居では幅が約3メートル程度となっており、先に進むほど徐々に細くなっている。
人間の目の錯覚を利用し、参道を実際より長く見せるようになっている。
そこを抜けると三の鳥居があり、境内へと到る。
3つの大鳥居は、地震や火災により幾度も建て替えられた。
現在の一ノ鳥居は、約350年前の1668年(寛文8年)、江戸幕府第4代将軍、徳川家綱によりそれまでの木造ではなく、備前国犬島産の御影石(花崗岩の石材名)によって造られました(明神鳥居の典型といわれ、高さ8.5m、柱の太さは92センチです) 。
関東大震災(1923年(大正12年)9月1日)により3つの鳥居は倒壊しましたが、1936年(昭和11年)に一ノ鳥居は、江戸時代の元の材料を最大限に活用し、補足材料は徳川家綱と同じく備前犬島に求めるなど当初の美観を損なわないように再興されました。
一ノ鳥居は浜の大鳥居とも呼ばれ、国の重要文化財に指定されています。
・源頼朝によって造られた一ノ鳥居は、現在の一ノ鳥居よりも鶴岡八幡宮寄りにあったと考えられます。
(由比ヶ浜歩道橋のこの下に「浜の大鳥居跡」があります)
鎌倉時代は作道と呼ばれていた。
鎌倉幕府が攻め込まれるのを防ぐために作られとも言われている。
源頼朝などの武将が鎌倉に住むにつれて山を削り、少ない平地を増やして屋敷地を造成した。
そのために山の保水力が低下し、雨が降るたび若宮大路に土砂や水が流れ込み、道がぬかるんで歩き辛くなったために、道から一段高い道を建設したのが段葛である。
低湿地に石を置いて整えたものであることから置道と呼ばれていたこともあり、特定の地位や高貴な人のための通路であったと考えられている。
段葛に樹木が植えられたのは明治の中期からで、1917年の改修工事までは、その種類も桜ではなく、梅や松であったとみられている。
桜は1913年3月に国と県から植樹許可が下りて、158本が植えられている。
また、一の鳥居から鶴岡八幡宮に向かうにつれて、道幅が徐々に狭くなるようになっており、遠近法によって実際の距離より長く見えるようになっている。
以前から知る者としては、ダイナミックな桜並木でなくなり寂しい。
しかし、新時代への継承というのも風情がある。
本来の参拝をしたいなら、海寄りの一の鳥居、段葛入口の二の鳥居をくぐり、鶴岡八幡宮の三の鳥居をくぐって行う物なので、行きは段葛を歩きたい。
鳥居は、屋敷の門にあたるので、必ず一礼してからくぐります。
ちゃんと一礼した人は、神様もいらっしゃいと迎え入れてくださるでしょう…鶴岡八幡宮参りが終わってから、段葛脇のお土産屋やカフェ等へ行こう。
鳥居をくぐる時や境内参道と同じく、段葛の中央は、神様の神聖なる道なので、車道の様なセンターラインは無くても人間は歩いてはならない。
段葛内の歩行においては、特に左右どちら歩行と決まりは無いが、境内参道入口に手水舎(手や口を清める所)が常設されていれば、それらの位置関係を目安に右or左のいずれかを進めば宜しいかと思います。
鎌倉若宮大路おいて、二の鳥居から三の鳥居間の、中央の盛り土になっている両端が石垣で土止めされている歩游道。
鎌倉開発の一環で源頼朝が直接工事に関与したと言われる。
日本の土木遺構として貴重な構造物。
桜並木と街路灯が直線的に配列されて趣は無くなった感じがしますが、街のシンボルとしては、整備されて気持ちの良い空間になりました。
雨の日に足元が汚れることも少なくなり助かってます。
鎌倉時代、雨でぬかるむ道を、かさ上げしたのが初めという鶴丘八幡宮の参道。
近年、有名な桜並木に枯れ木が目立つようになっていた。
1年半かけて改修工事が行われ、2016年3月に完成したばかり。
新しくなって通行はしやすくなりました。
若宮大路の歩道は人混みが激しいので、シンプルに八幡宮に向かいたければ段葛を進むのがオススメです。
改修工事が終わり、歩きやすくなったと評判の段葛ですが長年慣れ親しんだ身からすると、灯籠型の照明も無くなり、桜は植え替えられた若木…とあれば少し寂しい感じがします。
あと五年十年経てば桜も立派に育つでしょうから、その時には星の評価は増やしたいと思います。
歴史ある参道ですが、ただの遊歩道的になってしまっているのも残念です。
名前 |
段葛 |
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ジャンル |
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住所 |
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評価 |
4.4 |
R8/3/6 仕事で葉山からの帰りに通る!元は一の鳥居から八幡宮へ続く一段高くなった源頼朝等高貴な人専用の参道で現在は二の鳥居から三の鳥居までで、長く見せるため行くに従い狭くなっている作りで攻め込まれにくくもなっているそうです。
頼朝が妻政子の懐妊で安産祈願のために作ったと聞いた記憶がありますが違ったのかな??いずれにしても国の史跡で鎌倉を代表するものの一つですね。