田舎にありながら、格の高いお宮です。
田舎にありながら、格の高いお宮です。
祭神は宇奈岐比古(ウナグヒコ)と宇奈岐比賣(ウナグヒメ)である。
湯布院に延喜式内社の宇奈岐日女神社(うなぐひめじんじゃ)があるが、関係は不明。
宇奈岐日女神は由布山神とされており、元々は由布岳を神体山として成立した神社であると見られているので、宇奈岐比古神も同様かもしれない。
景行天皇が当地に至った時、この地に小竹鹿奥(シヌカオク)と小竹鹿臣(シヌカオミ)という土蜘蛛が居た。
天皇が日子五柱と日女三柱の神を祀らせたところ土蜘蛛が逃走し、天皇はこれを追って俵積山麓に至った。
土蜘蛛が降伏、その地の百姓が戦勝を祝い宇奈岐比古・比賣の織った木綿などを献上した。
天皇は二柱の神に幣帛を捧げ社殿を造営して祭祀した。
神社の裏山に石積みがあるが、詳細不明。
土蜘蛛の小竹鹿奥・小竹鹿臣については、『豊後国風土記』に、二人は天皇に奉る食事を作ろうとして狩をしたが、その狩人の声が大変やかましかったため、天皇は「大囂(あなみす、やかましいの意)」と言った。
よって大囂野となり、網磯野というのはこれが訛ったものだという地名伝承が記されている。
名前 |
俵積神社 |
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ジャンル |
/ |
住所 |
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評価 |
4.2 |
景行天皇関連地域俵積神社-城原八幡宮-禰疑野神社がほぼ一直線上にあるのは興味深い。