身も蓋もない言い方をすれば普通です。
延喜式内社の西奈弥神社の論社の一社です、ご祭神は奈津比売命、倉稲魂命、月読命。
本殿は一間社流造、銅板葺き 境内の神明宮は、旧本殿 内部は極彩色で黒塗りの床と相まって際立って綺麗でした、本殿前からは村上市が見下ろせます。
階段の先にある、立派な神社です。
猿にも会えました!
村上大祭の神社で400年近い歴史があります。
全体的にコンパクトで、社務所は一応ありましたが宮司さんは在中しているか微妙でした。
夏にはヘトヘトになりそうな、しかし風情のある階段を登り切ると、随分立派な社殿が現れる。
人の手が入った形跡があまり無い社殿右側に導かれるようにして進むと、村上市を見渡せる展望スポットが!どうやらここは町の人にとっても知られたもののようだ。
市内循環バスを使えば車が無くても簡単に近くまで行く事が出来、日帰り観光の場所としてもおススメできる。
鳥居は街のメインストリートに面していましたが入って、しばらく歩いてみると、山の中に参道が続いていて、山頂にて社殿があります。
歴史を感じさせる落ち着いた神社です。
社殿の裏側は荒れてましたが、ここから望む、村上市街地の眺めは素晴らしかったです。
急な階段が133段(息子調べ)あります。
冬は雪が降って階段が滑りやすいので、手すりに捕まりながらゆっくり気をつけて。
下りが特に危険です。
古くからの歴史ある神社でした。
元々は海の方にある瀬波神社が起源のようです。
そちらも参拝しましたが、延喜式の時代から瀬波神社、石船神社はあるようです。
(お祭りもそちらが起源?)なのかな。
村上の町を一望できる瀬波羽黒神社も壮大で感動しました。
また参拝に来たいと思います。
階段がすごく長かったです。
氏神様と信望厚き神社です。
村上大祭では各地区の神輿があつまり壮観な祭りです。
山頂に本宮があり、山頂からは市内の見晴らしがとても素晴らしいです。
最近、神社に2匹の子猫が捨てられていたそうで、神主さんが子猫を飼ってます。
人懐っこく、とても可愛い子猫達でした。
高校時代に、トレーニングした思い出があります。
可愛いいこと、デートの思い出も。
険しい階段を登りきった後の村上市の景色は最高でした。
また訪れてみたい神社です。
入り口の所に車を止められました。
階段が長いですので、足腰の弱い方は注意してください。
御朱印はやっていないそうです。
村上エリアのそう鎮守と説明が有りましたが全体に狭い感じた。
とても良い神社です⛩が、帰りに「御朱印やってますか?」と聞いたら「やってない‼️」と…まるでハエを追い払うように…対応悪すぎて驚きました。
宮司さんに関わらなければい神社かもしれません😓
社務所の前の縁台?に番犬ならぬ番猫が居ました🐱 コロナ対策でマスクをして階段を登ったら息苦しさと暑さ(この日は5月なのに真夏日だった😅)で、半分程の所で挫折しそうになりました💦💦 でも頑張って登った甲斐あって、神社のある高台からの眺めは良かったです✨ 敷地内にある神明宮は日光東照宮の職人さんを呼んで造ったもので、新潟県の文化財らしいです✋
せなみはぐろじんじゃ鳥居をくぐり、階段を登っていく、途中に鳥居があり、さらに階段を登っていくと左側に手水舎。
さらに登ると鳥居があり、その奥に社殿がある。
社殿右側の方に階段があり、登ると村上市街が一望できる展望台みたいなところがある。
参道の長い階段を上った先に意外と大きな社殿があるのですが、身も蓋もない言い方をすれば普通です。
本殿奥からの見晴らしはいいです。
村上大祭で行きました。
朝の6時半から始まっていました。
新潟大学の学生さんが25名ボランティアでお祭りの行列に参加していたようです。
春先、また行きます✨西奈彌羽黒神社(せなみはぐろじんじゃ)は、新潟県村上市羽黒町にある神社。
同市瀬波浜町の西奈弥神社とともに、式内社「越後国磐船郡 西奈彌神社」の論社である。
旧社格は県社。
当地では単に羽黒神社と呼ばれる。
西奈彌羽黒神社元々の祭神は奈都比売大神で、その後に出羽三山から分祀された倉稲魂命と月読命も主祭神とされる。
この三神をもって江戸時代には羽黒三所権現と称していた。
奈津比売神は素盞嗚命の孫の羽戸山命の子であり、当地を開拓した神であると伝えられる。
歴史編集持統天皇元年(687年)の創建と伝わっている。
元々は西奈彌山の頂上にあったものである。
天正年間、当地を治めていた本庄繁長は、出羽庄内の大宝寺氏を救援するため、最上氏・東禅寺氏(大宝寺氏家臣)と対戦関係になった。
繁長は出羽三山のひとつ出羽神社に願をかけたところ見事敵をやぶった。
このことから繁長は出羽神社の神を分祀して当社に合祀し、当社を総鎮守とした。
その後村上忠勝のとき、社地は西奈弥山頂上からその中腹へと移った。
本庄氏から堀氏へと統治者が変っても同じく崇敬された。
堀直寄は村上城の改築を行い、三層の天守が作られたが、天守の上からは当社を見下ろすことになってしまい恐れ多いとして、寛永10年(1632年)、現在地に社殿を造営して遷座した。
このときより当社は名を羽黒三所権現と変えた。
遷座の日は旧暦6月7日で、以降この日が例祭日とされ、明治の太陽暦採用以後は月遅れの7月7日とされた。
明治3年(1870年)に現在の名称に改称され、明治27年(1894年)郷社に、昭和3年(1928年)には県社に列した。
主な年中行事編集7月7日 - 村上大祭外部リンク。
家族がおみくじの七福神にはまっています 二年参りはわかりませんが、元日に訪れても、ゆっくり参拝できるのでお気に入りです。
西奈彌羽黒神社(せなみはぐろじんじゃ)式内社 越後國磐船郡 西奈彌神社の論社 旧県社御祭神: 奈津姫命 倉稻魂命 月讀命 (二神は天正年間に出羽三山から分祀) 奈津比売神は素盞嗚命の孫の羽戸山命の子であり、当地を開拓した神であると伝えられる。
持統天皇元年(687)に西奈彌山(臥牛山:標高135m)山頂に西奈彌神社として鎮座。
天正十六年(1588)に羽黒三所権現から倉稻魂命 月讀命を勧請した。
慶長3年(1598)、臥牛山中腹に遷座し、さらに寛永10年(1633)に現在地に遷座し羽黒三所権現と称した。
明治3年(1870年)に現在の西奈彌羽黒神社に改称。
もう一つの式内社「西奈彌神社」の論社は、村上市瀬波浜町の西奈弥神社である。
祭神は気比大神とも保食神とも考えられているが、異説として高志の利波臣の祖・日子刺肩別命(孝霊天皇の皇子)、あるいは月夜見尊とも言われている。
御朱印無いそうです。
あ以前にも😅リハビリ目的で僕の住む町内から🚶😰羽黒神社まで行き頂上まで登りましたが😩😅限界に等しかったですね😅
名前 |
西奈彌羽黒神社 |
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ジャンル |
/ |
電話番号 |
0254-52-3617 |
住所 |
|
評価 |
3.8 |
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鳥居横に車停められます。
御朱印はやっている雰囲気は全くありませんでした。