台座の跡のみですが、2カ所あります。
畑道を行くので車だとアクセス難しいかもしれません。
畑の中にぽつんと砲台跡があり、中は農作物のゴミが入っていたりとローカルな感じで、砲台跡だと言われないと分からないです。
田舎の雰囲気が好きな人は郷愁を感じるかもしれません。
東京湾を見下ろす剱崎灯台から北に位置する遠津山という場所に大正15年に設置された15cmカノン砲塔が配置されていた砲台跡。
関東大震災で東京湾沖合の第二海堡が大きな被害を受けたことからそこに配置されていたフランスのサンシャモン社製の砲塔が今では畑の中に砲塔のコンクリートの円形砲座が残すのみ。
しかしながら、ここからの眺望は素晴らしく、畑と海さらには遠く房総半島の望める隠れた絶景スポットでもある。
私自身はこういった、過去の「本気」に触れるのは刺激的です。
第二砲台から徒歩すぐです。
近くに砲台二つあります。
景色がとてもいいので天気の良い日にどうぞ。
細い道で、小回りのきくバイクがおすすめです。
期待し過ぎたかゴミ捨て場みたいになってた見晴らしはいいけど。
台座の跡のみですが、2カ所あります。
周辺は畑ですので、ハイキングコースにもなっている海岸側から登るか、松輪のバス停から歩いていくのが良いです。
読みは、つるぎがさき。
龍神の怒りに触れて沈んだ官船を弔うため、劔を投じた伝説あり。
大正14年に、第2海堡から最大射程9750mの克式15センチ キャノン砲4門を劔ヶ崎に移転して設置した跡。
対岸の浜金谷、大房岬、洲崎の砲台と連携し、東京湾入口にクロスファイヤーポイントを形成して防御を固めた。
剣ヶ崎から浜金谷まで13km。
大房岬まで17km。
洲崎まで20km。
ただし、剣ヶ崎には、交戦すべき敵艦は現れなかった。
実戦に供されることなく無様な敗戦。
やんぬるかな。
太平洋戦争の趨勢は、航空戦力の優劣が制した。
敵機にやすやすと上空を通過されたる対艦用陸上砲台は、過去の遺物に等しい。
ここに立った兵士達は、不条理な軍規と、押し迫る無力感に苛まれつつも、ひたすら帝都防衛の大義を胸に秘めて、己の虚無と戦っていたのかもしれない。
狭い農道なので車で見に来るのはやめた方がいい。
駐車スペースもない。
畑仕事の邪魔になる。
道路の舗装も良くないので、ロードレーサータイプの自転車もおススメできない。
徒歩による場合も、意外にアップダウンがあり自販機すらない農地なので、よほどのミリタリーロマンチストでない限り、ここに来る価値を見出すことはない。
農家の野菜捨て場と化している。
至る道 帰る道が細い。
レブルじゃ勇気がいる。
なんか、ゴミ捨て場になってました。
大根畑にぽっかり口をあける砲座2つ。
今はゴミ捨て場のような扱いです。
名前 |
剱崎砲台跡 |
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ジャンル |
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住所 |
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評価 |
3.5 |
軽く探検気分。
車じゃとても来れないかな。
この辺り走ってると、畑でスイカがゴロゴロしてます。