総構えからするとだいぶ内側に入った一角。
関東管領上杉氏と鎌倉公方足利氏が対立した最前線の城でした。
南側が城沼に面した要害です。
現在、3の丸や本丸の僅かな土塁に往時の面影を感じることができます。
3の丸では蔀土居と呼ばれる城内を見渡せないように遮るための土塁が見られます。
3の丸は比較的良く遺構が残っていました。
館林駅から真っ直ぐ道を進み市役所前の交差点まで来ると、左手前方に在る当所。
今は市の施設が集約している様です。
城は残っていませんが城門である土橋門が当時の様子を窺えます。
また隣接する図書館に在る資料館に、お城が在った頃のジオラマが展示されている他、訪れた時は縄文式土器の展示されておりジョウモンづくしでした。
三の丸跡にある図書館に併設された第1資料館(入館無料でした)にジオラマがあって、どんなお城だったかが分かります。
資料館にはパンフレットもあって昔と今を対比した地図があってあちこち巡るのに便利でした。
思ってたより想像しやすい城跡でありました。
城跡と言っても門しかないですが、行けてよかったです。
総構えからするとだいぶ内側に入った一角。
文化会館の敷地になっており、緑地スペースを抜けると門跡がある。
駐車場は無料です。
館林市指定史跡館林城跡天正18年(1590年)北条氏に変わり徳川家康が関東入封した際に榊原康政が10万石で城主となった。
江戸時代に一時廃藩となり城は壊されるが最終的には6万石で明治時代を迎えます。
現在の城跡は一部の遺構を残しているのみで、跡地に市役所、文化会館、市立図書館、向井千秋記念子ども科学館などが建てられている。
復元遺構は土橋門。
2014年登城#お城 #城 #城巡り #城跡 #城郭#群馬県 #館林市 #館林城。
堀は全て埋め立てられいるため痕跡はありませんが土塁の痕跡が一部見受けられます。
土橋門が復元されています。
第一資料館に行く事をお薦めします。
現在は広場になり各種イベントをやっています。
何もありません。
名前 |
館林城跡 |
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ジャンル |
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電話番号 |
0276-74-0444 |
住所 |
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関連サイト | |
評価 |
3.5 |
15世紀に尾曳城として築かれ、徳川四天王の榊原康政によって回収された城。
本丸跡の高い土塁と石垣の一部が残ります。
ほか土橋門が昭和期に復元されています。