お菓子とオレンジ色の勾玉ぬいぐるみとオレンジ色の紙...
住宅街の中にある神社です御朱印の直書きが無い時は、道の向かいの神主様宅で書置きの御朱印が頂けますハロウィンだったので、お菓子とオレンジ色の勾玉ぬいぐるみとオレンジ色の紙垂が付いた大麻をおまけで頂きました。
社日稲荷と並んでいる大きな神社です。
敷地内には樹齢300年余りの大きなケヤキの御神木があります。
住宅地になんとなくある感じの神社ですが、西暦883年から続くかなり由緒正しい神社です。
インスタグラムで御朱印の紹介などもしているなど割と気が利いているところもあります。
大泉かるたの「ひ」の札の場所です。
ナビで行くと宮司様の御自宅の裏側に案内されてしまい そこからグルっとまわって境内の駐車場に止めさせて頂きました。
神社自体は静かで歴史ある神社さんでしたが まず目に入るのは御神木の大きさと立派さです。
パワーを貰えそうです。
神社もお月見の時期だったからかうさぎさんの置物が置かれていたりと、とにかくカワイイ飾り付けがされていました。
御朱印は道を挟んだ宮司様のご自宅で頂く事が出来ます。
書き置きのみです数種類ありカワイイ。
また折紙等も頂きました。
宮司様もとても親切な方でした。
御朱印を頂き、御幣束と手作り風鈴を頂きありがとうございます。
境内の風鈴は丁度、風でいい音色を奏で聴かせて頂き暑さを忘れさせてくれます。
本殿の彫刻は素晴らしいもので次回はじっくり観たいものです。
地域の神社です。
巨大な欅と、昔はお能を演じていただろう舞台が有ります。
通りすがりに、お詣りさせてもらいます。
落ち着いた雰囲気が好きです。
樹齢350年の御神木があります。
駐車場もあり、こじんまりとしてますが雰囲気の良いところです。
境内の中央に、樹齢300年と言われる大欅の御神木、ご祭神は上野の国館林や、この邑楽地区に限られ祀られる藤原長良、さだかでは無いが、平安時代の初期、上野国主、藤原長良はこの地の民衆に尽くし、そして慕われ祀られたと言われます。
その後、佐貫荘赤井氏より厚い信仰を受け、この邑楽地区に長良神社は点在、鎮座します。
この小泉神社もその一社で、いにしえの昔より今日まで、多くの人々より深い信仰を集めています。
邑楽郡大泉町堀之内鎮座。
旧村社。
境内中央には御神木のケヤキが真っすぐに伸びて、大きく広がり立派な拝殿。
拝殿左手には、境内社、社日稲荷神社があります。
拝殿には案内があり、御朱印は宮司宅とあり、参拝後に寄らせて頂きました。
宮司さんが対応してくれました。
[最近手が震えて御朱印書けないから書き置きでいいかなっ?]と言われましたが、日にちをいれて、書き置き御朱印を頂きました。
境内社も、各¥500その他に限定御朱印もあります。
子供の頃、友人と遊んだ思い出の場所です。
一般的に知名度はありませんが、昔は能楽堂で舞をしたと聞いてます。
とても良い彫刻があります。
特に本殿の向拝柱、海老虹梁の透かし彫りは見事です。
小さい神社ですが、本殿を装飾している彫刻がとても美しいです。
御朱印は本殿東側未知を渡った所、自宅にていただけます。
月に一度1日の朝お参りに行っています。
御朱印を頂きに参りましたが年末で忙しいと言うことで断わられました!とても不快な対応でした!
小泉神社御祭神 藤原長良公 菅原道真公配祀神 佐屋子 皇大后宮高子合祀神 木花咲耶姫命 誉田別命 大物主命 大日孁命 火産霊命 奥津彦命 奥津姫命 天児屋根命 月読命 武甕雷命 蛭子命 別雷命 市杵島姫命 倉稲魂命 金山彦命 金山姫命 伊邪那美命 速玉之男命 事解之男命 祭神不詳一座由緒当社の創建は古く元慶七年(883)で邑楽郡佐貫荘の荘官であった佐貫弾正良綱の次男の築比地良基が、村の鎮めと安全を祈って築比地宮原の地に、藤原氏の先祖で東国に下り、ことに邑楽郡の治安治水につとめ、国土を拓き農工商すべての産業開発に功労があったと伝えられる藤原長良公の威徳を追慕して神霊をおまつりしました。
この社を村人は長良明神と呼びました。
その後、延徳元年(1489)小泉城主富岡主税介直光により社殿が再建され、社領が寄進されましたが、天正十八年(1590)豊臣秀吉の小田原征伐の際、小田原を支援する武将の諸城も攻め落とされました。
この時豊臣軍の兵火にかかり社殿、神宝、旧記はことごとく焼失しました。
その後長良明神はわずかに再建され本村宮原の片隅にありました。
当時領主であった杉山三右衛門が社地を寄進し、移転造営の工事をおこし、慶長十六年(1611)宮原の鎮座を現在地へ移して小泉村へ鎮祭しました。
町民住昔よりこの神社を、産土の神と崇敬すること殊に深く、実際に西邑楽の総社でした。
本殿は嘉永元年(1848)から安政元年(1854)にかけての造営で、彫刻がすばらしく(登龍門の鯉)東群馬にまれな傑作です。
明治五年(1872)上小泉村の村社となりました。
明治七年から十年にかけて現在の拝殿、幣殿が再建されました。
その後、明治四十五年(1912)には学問の神として有名な下小泉村の村社菅原神社を始め町中の神社を合併して総社小泉神社と改称しました。
(境内「由緒略記」より)御神木「大欅」小泉神社境内のほぼ中央に老い茂る大欅は、西邑楽地方に稀な大樹です。
延徳元年(1489)小泉城主富岡主税介直光は、古河公方成氏に従って軍功があり、戦勝記念に吾妻の山岳から欅楓数百本を持って来て城外城内に移植させ広大な庭園を築きました。
村人等はこの庭園を殿林と呼んでいました。
先年伐採された榎町の庚申榎といわれた欅もその一本でした。
この大欅は長い年月鎮守の森として上下小泉の興亡と氏子中を朝な夕なに見守ってきた御神木です。
(境内「御神木由緒記」より)大泉町指定重要文化財「小泉神社本殿及び彫刻」本社は、嘉永元年(1848)から嘉永七年(1854)までの七年間を要して造営されたものです。
正面左右の向拝柱には昇り龍と下り龍、雲、波のまつわる透かし彫が全面に施されています。
また、本殿と向拝柱をつなぐ海老虹梁や四隅の屋根を支える組物も龍などの丸彫りとなっています。
壁面には源義経の逸話を題材とした彫刻も見られます。
これらは非常に立派なものであり、本町唯一のものです。
また、彫刻を多用する江戸時代後期の北関東地方の社殿建築をよく表しています。
(境内案内板より)
この地方に多い藤原長良公を祀った神社。
元々は長良明神と称し、明治の一村一社政策で周辺の社が合祀されて小泉神社に改称した。
最大にして唯一の見所は、旧村社という格式と明治期に再建されたという拝殿からは想像もつかない素晴らしい本殿。
1854年(嘉永7年)に造営されたという本殿は、夥しいほどの彫り物や細工で埋め尽くされ、素木の部分は全く無いと言っても過言ではないほど。
ここまで精緻な彫刻の施された本殿は関東地方でも稀で、とても地域の鎮守といったレベルの本殿ではない。
もはや芸術作品。
多少時間をかけて訪れても拝見する価値は十分にあるオススメの神社。
2.5kmほど南東にある、同じく藤原長良公を祀った長柄神社の本殿もこちらに負けず劣らず素晴らしいので、合わせて参拝を。
ちなみに、御朱印も拝受可能。
東側道路を挟んだ家が宮司様宅です。
本殿は、幕末の嘉永元年(1848年)から嘉永7年(1854年)までの7年間をかけて武蔵国足立郡上尾駅の「内山山城正(うちやまやましろのしょう)」により造営されました。
総欅造りで、屋根は銅板葺、間口1間、奥行1間半の大きさで、外壁及び向拝柱の彫刻は逸品です。
昭和58年12月1日に、大泉町指定重要文化財に指定されました。
名前 |
小泉神社 |
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ジャンル |
/ |
電話番号 |
0276-62-2009 |
住所 |
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関連サイト | |
評価 |
4.0 |
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静かで素敵な場所でした。
大きな御神木の欅は立派でした。
御朱印もかわいいですよ。