武山神社(たけやまじんじゃ)藤橋城の前にある神社。
祭神は武山明神二本の神木杉に挟まれた落ち着いた神社です七人塚があることや社名などから、杉原砦跡(藤橋城)ではないかとの説もあり南北朝時代に、この地は敦賀から美農への要所になる事から、南朝方、越前の新田義貞が北朝方、美濃の土岐氏に対しての備えとして、配置された拠点とした地と考えられる神社の手前には七人塚があり、その塚の碑には風聞とされてはいるが、杉原家盛(南朝)が500の兵でこの砦を守っていたが、斎藤氏(北朝)に倍以上の兵で攻められ、一旦自決を決意したものの、七人の勇敢な近従が杉原家盛を落ち延び再興をはからせよう盾となり時間を稼いで戦死家盛はその生死はも不明だかったが数年の後、村へやってきた商人風の男が家盛は尾張に再起を図られていると里長に告げて立ち去ったと記されていた。
この後、安土桃山時代、太閤秀吉の正室ねねの、祖父である尾張国の杉原家次と尾張国で再起を図った家盛が繋がっているとしたら・・・(杉原家次はこの地出身とされている)あくまでも想像、空想のお話ですがこの碑の前で感慨深く思うのです。
武山神社(≧▽≦)
境内は綺麗に清掃されていました。
名前 |
武山神社 |
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ジャンル |
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住所 |
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評価 |
4.4 |
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