名前 |
素盞鳴神社 |
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ジャンル |
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住所 |
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関連サイト | |
評価 |
2.5 |
この辺りが昔の九里半街道そのものかも知れません。
尾張や伊勢方面の荷物を養老町船附・栗笠・烏江の通称濃州三湊を利用して、ここ山谷山を陸運にて運搬し、朝妻湊まで運び、更にそこから琵琶湖の水運を利用することによって京都や大阪、または北陸方面まで安早短に運べるルートがありました。
この濃州三港から朝妻港までが九里半街道と呼ばれていたようです、陸上のルートは時代と共に遍歴はあるものの三湊から澤田で牧田川を渡り乙坂に入ります。
そこから山手の道(現在は名神高速道路の下)を山村に抜け関ヶ原宿へ出て中山道にて今須宿へ。
または牧田宿から平井川沿いに平井から今須宿への二つに別れたルートがあったようです。
近江側(滋賀県)でも、琵琶湖西の今津湊から若狭湾の小浜に通じる街道が存在していたようで、それも九里半街道と呼んでいたようです。
大量輸送がままならなかった時代は水運を最大限に利用していたのですね。
濃州三港は江戸時代を中心に三百年間尾張藩の支援を受けて湊町として栄えたそうです。