幕府の御用市場があった場所だそうです。
この位置に当時の野菜の市場があったらしい。
説明板には、根菜を多く扱っていたため、「土物」という文字が入っている云々とあった。
石碑を見る限り、千歳稲荷もここにあったらしい。
江戸三大市場の一つであり、幕府の御用市場があった場所だそうです。
大根・人参・ごぼう等、土のついたままの野菜が取引されていたそうです。
天栄寺というお寺の入り口に建てられている碑文で、ここがかつて神田・千住とともに、昭和12年まで土物(葉物をさす「青物」との対比で、根菜などの野菜もの)の市場であったことがわかる。
後に豊島市場として移転してしまうが、駒込でさえ、農産物の生産地・集散地だったわけで、当時はどんな光景が広がっていたのか、都市化したいまでは全く想像もできない。
名前 |
駒込土物店跡 |
---|---|
ジャンル |
|
住所 |
|
評価 |
2.8 |
その昔ここに、神田、千住と並ぶ江戸三大市場の一つがあり、幕府の御用市場でした。
起源は元和年間 で、近郊の農民が野菜をかついで江戸に出る途中、天栄寺境内の“さいかちの木”の下で毎朝休むことを例としていましたが、次第に付近の人々が新鮮な野菜を求めて集まっるようになったそうです。
土地の人々は“駒込辻のやっちゃ場”と呼んで親しみました。
また、富士神社一帯は、駒込なすの生産地として有名で、なす以外に、大根、人参、ごぼうなど、土のついたままの野菜である“土物”が取り引きされたので土物店ともいわれました。
今は石碑が立つたけですが、ここに市場があったなんて楽しいですね。