武内宿禰(臣おみ)大田根の異腹弟・甘美内(うましう...
神原神社古墳、島根県雲南市加茂町神原。
方墳、30m。
堅穴式石室、割竹形木棺。
景初三年、三角縁神獣鏡。
239年。
移築。
大きな屋根がついていて、いつでも観察できるようになっている。
レンガのように積み上げられた石室の壁も印象に残る。
神社の本殿と重なる感動があった。
神原神社は天より降りられた神宝の司、(いわつつお)、磐筒女命(いわつつめ)と大国主命が祀られ、かつては、神原古墳の上に建てられていました。
昭和47年神社が移転されることとなり、古墳を発掘調査したところ、本殿下の神原神社古墳からは「景初三年」銘の三角縁神獣鏡などが出土し、周囲を驚かせました。
神原神社古墳は、出雲地方に現れた初期の大型古墳であるとともに、全国的にもたいへん注目すべき古式古墳です。
出雲国風土記によると、ここはオオクニヌシの宝を積んであった郷なので本来は、神原ではなくかむたから(神財)とすべきところを誤って神原としたとある。
その地にある四隅突出型墳丘墓はオオクニヌシの子孫の墓ではないかという説もある様だ。
丸太をくり抜いた棺中に卑弥呼が贈られた100枚の内の1枚が発見された事は、大和朝廷からかなり重んじられていた人物と想像される。
卑弥呼の鏡かと言われる景初3年の記載のある三角縁神獣が見つかった古墳ですが、残念ながら現在地は河川の拡幅工事によって移築されたものです。
名前 |
神原神社古墳 |
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ジャンル |
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電話番号 |
0854-40-1300 |
住所 |
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評価 |
4.5 |
東出雲王家末裔の富家伝承に、墳丘上に鎮座した神社は元武内神社と呼ばれ、武内宿禰(臣おみ)大田根の異腹弟・甘美内(うましうち)宿禰額田彦が兄を埋葬したと伝わる。
三角縁神獣鏡は、大田根が卑弥呼の使者として魏国に行き、磯城王家の依頼で青銅鏡の工人を連れ帰り、大田根が大和にて景初3年銘を入れて製造し、豪族達に配布したと伝わります。
額田彦の母親の領地、宇治の住民を連れて来た為、東側の土地が宇治地名になった。
額田彦の子孫もこの地に住み続け、額田部を名乗ったと伝わる。