新聞やテレビのニュースで見た光景が実際に間近で見ら...
一度中に入ったことがありますが、新聞やテレビのニュースで見た光景が実際に間近で見られたのが嬉しい限りです。
NHKの大河ドラマ「花燃ゆ」が放送中に設置されていた大河ドラマ館がこちらで実施されていたので、一度尋ねることにしました。
群馬県庁が当初高崎にあった後に前橋に移っていたことを初めて聞いて、地元の歴史を学ぶことの重要さを痛感した気がしました。
昭和3年(1928)に竣工。
現在、庁舎の中枢機能は後方の新庁舎に移転、現在は「昭和庁舎」の名称で庁舎の一部として使われている。
昭和レトロな雰囲気が、此処彼処から漂いましす。
でもトイレだけは、とても現代的でした。
高層ビルの現在の庁舎ができる前は普通に使われていた庁舎です。
どっしりとしていて、とても雰囲気のある建物です。
きちんと残しておいて欲しいです。
中は見学できるようです。
昭和3年に建築された、国登録有形文化財です。
現在は一部貸会議室として使用されてある他、知事室だった部屋は群馬県出身の総理大臣(なんと4名もいる!)の紹介や、県政の年表などが展示されています。
また、映画・ドラマの撮影でもよく使用されており、ベネチア国際映画祭で銀獅子賞を受賞した「スパイの妻」ては1Fホールが撮影に使用されたそうです。
更に、「仮面ライダーセイバー」でも庁舎前の芝生広場にてロケ使用されました。
もっとも、これはCGで庁舎が破壊・炎上された上、上空が異空間への入口となってましたが(汗)。
歴史的隠静寂書物学習室有。
落ち着いたレトロな雰囲気で、ゆっくり午後の仕事の事を考えられました!
雰囲気のある建物。
休憩スペースに机椅子があり、受験生の時はよく勉強していた。
現在の本庁舎の脇にある旧庁舎です。
(⌒∇⌒) 太くがっしりとした鉄筋コンクリート作りと思われレトロな雰囲気がたっぷり味わえます。
一階正面ホールがとても広く、空間の使い方に現代に繋がるものを感じます。
🤗
知事室が群馬県選出首相の展示室に転用。
立ち会い演説会などのビデオあり。
意外と詳細な説明。
とても素敵な建物でした。
昭和…ですが、中はエレベーターやトイレなど、バリアフリー化されていて、正面ではないですが、スロープで入れる入り口もありました。
とても風格を感じる階段でした。
青い芝生に映える、この美しい庁舎は昭和三年に建築されたものです。
設計者は日比谷公会堂や早稲田大学の大隈講堂も手がけた、佐藤功一氏です。
明治四年七月、廃藩置県によって、前橋、高崎、伊勢崎、安中、小幡、七日市、沼田、岩鼻、館林の各県が誕生しました。
同じ年の十月には、館林を除く八県が統合され、高崎に県庁を置く群馬県(第一次)が成立しました。
翌年、いったん県庁は前橋に移りますが、明治六年には、群馬県は埼玉東北部と合併して、熊谷に県庁を置く熊谷県となります。
そして明治九年、熊谷県は廃止となり、栃木県に組み入れられていた太田、桐生、館林などを併せて、再び群馬県が成立(第二次)しました。
これで、ようやく「鶴舞う形の群馬県」の現在の姿となりました。
第一次群馬県の県庁は高崎に置かれましたが、県令が青山貞から河瀬秀治に替わると、前橋に移されました。
その後、第二次群馬県の成立に当たって、県庁は当初、高崎に決まっていましたが、当の高崎は乗り気ではなかったようです。
旧高崎城には陸軍が駐屯しており、中仙道の交通の要衝として、商業も発展していたので、熊谷県令から群馬県令になった楫取素彦が、県庁の設置は必ず町の発展につながると説いても、積極的な協力は得られませんでした。
これを聞いた前橋の生糸商人達は、むしろ積極的に招致運動に乗り出し、三万両の資金を出し合って、楫取県令が条件とした県庁舎と官舎を用意し、現在の場所である前橋城跡に県庁が置かれることになりました。
このような紆余曲折を経て、いま昭和庁舎の横には、新庁舎が青空に映えています(*^^*)
旧庁舎は歴史ある立派菜建物です。
中に入ると歴史と威厳を感じます。
群馬県庁の昭和庁舎。
落ち着いた貫禄のある庁舎でいつ見ても飽きることはないです。
見た目は歴史ある庁舎だが、内部はかなり近代化されている車椅子でも見学できる歴代首相や知事年表の展示は群馬県民なら楽しめる内容。
名前 |
群馬県庁 昭和庁舎 |
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ジャンル |
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電話番号 |
027-226-2119 |
住所 |
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関連サイト | |
評価 |
4.1 |
歴史的価値の高い庁舎。
近代的な群馬県一の高さを誇る庁舎との対比がイイ感じ。