作間神社は国道353号線より一本北の生活道路に面し...
作間神社は国道353号線より一本北の生活道路に面して鎮座しています。
鳥居の立つ参道入口両脇には推定樹齢300年以上の大ケヤキが聳え、左のケヤキ下には寛保元年(1741)作の双体道祖神が置かれています。
神社前の道路は吾妻村から旧小野上村に通じる昔の街道で、旧小野上村に入って初めて出会う道祖神で、街道を旅する人々が道祖神に旅の無事を願い、このケヤキの下で一休みしながら憩いの一刻を送ったのではないかと考えられています。
境内入口には、昭和十五年生まれの狛犬さんがいて、正面には拝殿、社務所が建ち並び、左手には神楽殿があります。
後方には妻入りの本殿が建立され、境内各所に沢山の末社が祀られています。
又、社殿左右にも二本の大ケヤキが聳えています。
旧村社で、社殿や境内が良く整備され、道祖神や大ケヤキからもこの社の歴史が感じられます。
由緒観応元年(1350)当地の守護「藤原秀長」卿の徳を慕いその住居跡に奉斎し、佐久間大明神と号し、後に作間神社と称しました。
毎年4月と11月に神社大祭が開かれます。
特に4月には郷土芸能でもある「村上の太々神楽」が、11月には「中尾の獅子舞」がそれぞれ奉納されます。
(境内案内板より)渋川市指定重要無形民俗文化財 中尾獅子舞宝眼流に属し、宝永7年(1710)に始まったといわれます。
作間神社・浅間神社・金比羅神社へも奉納してきました。
明治神宮、靖国神社、浅草寺などへ奉納したこともあります。
(ぐんま地域文化マップより)渋川市指定重要無形民俗文化財 村上太々神楽村上の太々神楽は、享保四年(1719)に火災のため焼失した作間神社の社殿を新築した祝典に奉納されたのが始まりと言われています。
萩原流の中の荒木流の神楽で、明治時代初期に当時の神官から伝授され、戦争のため一時中断されましたが、昭和二十三年に復活し、現在に引き継がれています。
(境内案内板より)
名前 |
作間神社の大ケヤキ |
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ジャンル |
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住所 |
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評価 |
3.8 |
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境内には大けやきや道祖神があります。
境内近くまでは車で行けます。
国道353号に面している赤い鳥居からは竹林の中の階段を登って本殿まで行くことができます。