名前 |
金毘羅宮 |
---|---|
ジャンル |
|
住所 |
|
評価 |
3.5 |
金毘羅宮由来記此の宮は元、下仁田町白山滝尻地区に里宮として鎮座し鏑川の舟運など川交通の安全祈願の神様として崇敬され地区の人々により獅子舞等奉納され祀られてきましたが、明治二十七年前後上野鉄道株式会社の敷設工事の為、現在地へ移設し宮も祀りも上野鉄道株式会社が引継ぎ、現在は上信電鉄が祀りを継承しています。
(境内案内板より)詳しい記録が見つからず、正確には分からないのですが、この附近から鏑川に下りた辺りを「川湊」と呼んでいたようです。
ここから船や筏で、荷物を運んでいたのではないかと考えられます。
またここから南西側の山一帯が下仁田町大字白山という地名です。
かつて舟運の安全を願う人々の思いをうけとめてきた金毘羅宮は、いまは上信電鉄の電車の安全な運行を願う人々の思いをうけとめ、交通安全の神として、この場所で電車や乗客などを見守ってくれているのでしょう。
上信電鉄で働く方々は、むかしもいまも乗客も神様も大切にしてこられ、だからこそ120年もの間、鉄道会社として存続しているのでしょうし、駅に来るツバメにもやさしい、それが上信電鉄の伝統、社風といえるかもしれません。
(ブログ「ひとりごと ~気の向くままに~」参照)