見応え十分で一見の価値あり‼️山口玄蕃の菩提寺 五...
創建が天正4年と由緒あるお寺です。
ここには517体の仏像がズラーッと並んでます、圧巻です。
かつて芭蕉が宿泊したお寺だそうで、芭蕉碑や関連した石碑があります。
寺内には芭蕉が宿泊した芭蕉庵と言われる茶室があり、大変雰囲気のある美しい場所でした。
御朱印もいただけました。
石川県九谷焼美術館に行った足でそのまま向かいました。
五百羅漢ってどんなだ?と思い…気の向くままに…まぁ圧巻です。
壁一面に500体もの尊像が…色々見て回ったものの本堂へ寄ってくるのを忘れて満足して後にしてしまいました😅そうじゃなくても、手入れの行き届いた庭を見て回るのも良かったですよ🎵松尾芭蕉も立ち寄った寺院とのことで石碑が残っていました。
ちゃんとパンフレット見て次回は本堂も見て回りたいです。
展示室があるみたいですよ‼️
芭蕉も宿泊した由緒ある曹洞宗のお寺。
極彩色の五百羅漢が迫力有。
推しメンを探すのも楽しい。
松尾芭蕉も滞在したという由緒あるお寺です。
五百羅漢は一人に一体ずつ京都の仏師に注文して寄進したそうで寄進した方の名前まで残っているそうです。
一体一体見ていると誰かに似ていたり自分に似ているのはどれかな?と探したり時間を忘れて見てしまいます。
御朱印もいただきました。
コロナなので開館しているか電話で問い合わせたところ通じなかったのですがわざわざ後から掛け直してくださり確認できて助かりました。
五百羅漢は必見。
慶応3年に住民の寄付で作られたもの。
他にも寺内には歴史的文物多数。
そもそも、関ヶ原の戦いで西軍についた武将の菩提寺。
奥の細道で芭蕉も立ち寄っている名刹です。
大聖寺の山の下地区は寺町だが、中でも全昌寺と実性院は拝観料がかかるが、確かにそれだけの十分な見所の多い寺だ。ここ全昌寺は芭蕉が奥の細道で立ち寄ったことで有名で、泊まった庵が復元されている。また幕末1867年(まさに大成奉還の年)に完成した500羅漢などがあり、圧巻だ。ご朱印にも対応いただける。
拝観料必要だが、見応え十分で一見の価値あり‼️山口玄蕃の菩提寺 五百羅漢がある。
松尾芭蕉句碑もある。
庭はキレイでした。
庭→五百羅漢→本堂と拝観する五百羅漢と本堂に押しボタン式で説明が聞けます。
御朱印もらえました!
熊谷山全昌寺曹洞宗ご本尊:釈迦牟尼仏令和3年11月8日参拝。
45.全昌寺【芭蕉自筆影印】①おくの細道紀行文大聖持の城外全昌寺登云寺に泊る 猶可ゝの地也(?) 曽良も前の夜此寺に泊りて終夜秋風聞やうらの山と残ス 一夜の隔 千里にお那し 我も秋風を聴て衆寮耳臥 明本のゝ空ち可ふ 讀經聞ユル二 板鐘(ハンショウ)鳴て食堂耳入 氣ふ盤越前の国へ登 心早卒尓して堂下尓下ル 若き僧共 紙 硯を可ゝへて 階(キザハシ)の无とまて追来ル 折節庭中の柳散連者(大聖持の城外全昌寺と云寺に泊る。
猶かゞの地也(?)。
曽良も前の夜此寺に泊りて、終夜秋風聞やうらの山と残す。
一夜の隔、千里におなじ。
我も秋風を聴て衆寮に臥。
明ぼのゝ空ちかふ、読経聞ゆるに、板鐘(ハンショウ)鳴て食堂に入。
けふは越前の国へと、心早卒にして堂下に下る。
若き僧共、紙、硯をかゝへて、階(キザハシ)のもとまで追来る。
折節庭中の柳散れば、)庭掃て出者や寺に散柳(庭掃て出ばや寺に散柳)とりあへぬ一句 草鞋な可ら書捨ツ(とりあへぬ一句、草鞋ながら書捨つ)【句碑】①全昌寺庭掃て出者や寺に散柳(庭掃て出ばや寺に散柳)「自筆・おくのほそ道・紀行文を拡大」《施設・句碑拡大写真はgoogle検索「芭蕉句碑の解読」》
ここは芭蕉が立ち寄ったところです。
芭蕉の読んだ句碑もあります。
芭蕉の俳句の碑がありました。
ここにも立ち寄られた句が。
秋を詠まれたらしく、落ち葉が文句にありました。
親切、丁寧にありがとうございます。
拝観料は500円。
五百羅漢像や三十三観音像等があります。
五百羅漢が有ります立派な寺です。
お花もあり、素敵なお寺です。
五百羅漢が見応えあります😃
加賀市〔全昌寺〕の庭には多くの碑が建っている。
・おくの細道碑 大聖寺の城外全昌寺と云寺に泊る・・ 〔奥の細道〕の内、全昌寺に関わる一節。
裏面の説明では、芭蕉の自筆という。
・芭蕉句碑 庭掃て出てはや寺に散柳 はせを 〔はせを塚〕とは別の碑。
・二宮木圭句碑 爪杖は如意のことなり柳蔭 〔はせを塚〕は木圭らによって建立された碑。
・流水句碑 音たへぬ古池にそう柳かな 詳細は分からないが、金沢の俳人・綱村流水か? ・杉山杉風作 芭蕉坐像 ・深田久弥句碑 翁忌や師をつぐ故に師を模さず 九山・全昌寺、芭蕉忌における深田久弥(九山)作・全句 深田久弥:「日本百名山」などで知られる作家、俳人、登山家。
俳人としては高浜虚子に師事。
全句碑には11句を刻む。
大聖寺ひとり散歩コース(4~5時間)JR大聖寺駅→全昌寺→加賀神明宮・白山宮→熊坂川河畔→大聖寺城跡→長流亭→江沼神社→流し舟船乗場→深田久弥文化館→古九谷の杜公園→JR大聖寺駅。
全昌寺平日は貸切状態でゆっくりと拝観できました。
自分好みの五百羅漢をじっくりと探したり、三十三観音像を心行くまで楽しめました。
驚くことに付近の道路は無機質なコンクリートやアスファルトでは無くて、ビリ砂利の洗出しになっていて趣がありました。
加賀神明宮・白山宮鳥居や杉の大木が立派な神社さん。
階段を上がった高台に白山宮があり、とても気持ち良い空気が味わえました。
熊坂川河畔桜満開の時期はとても賑わっていますが、初秋は静かな水音を聴きながら木漏れ日を楽しめました。
大聖寺城跡山全体が公園となっていてお城などの痕跡はありませんでした。
長流亭平日は閉まっていて拝観には連絡が必要なようです。
江沼神社長流亭を含む庭園があり池や苔を楽しむことが出来ます。
地元の方に愛されているようで、平日でも参拝の方を何人も目にしました。
流し舟船乗場大聖寺川の流し舟の乗船場、木々や花も綺麗なところです。
次回は流し舟からの景色を楽しみたいです。
深田久弥文化館2018.8に開館した山の図書室は国内外の本があり、山渓や岳人が創刊からほぼ揃っていて登山の歴史を知ることが出来ました。
素敵なお庭や喫茶店があり、珈琲のとても良い香りが山小屋を思い出しました。
古九谷の杜公園自然の起伏の中に熊坂川の清流と人工物が調和した綺麗な公園です。
夕暮れ時には多くの地元との方が楽しいでいました。
熊谷山全昌寺は、大聖寺城主山口玄蕃頭宗永公の菩提寺で、金沢藩及び大聖寺藩の奥女中、武士、町人等の寄進により、慶応3年(1867)に完成したものです。
京都の仏工山本茂祐の作で、釈迦三尊、四天王、十大弟子、五百羅漢の総計517体の仏像が完全に具備し、仏工の仕様書、寄進台帳が現存しています。
元禄2年(1689)8月、奥の細道の行脚の折り、芭蕉と曽良がわらじをぬぎ一泊、二人が宿泊した部屋が復元され、境内には句碑もあります。
寺宝には兆殿司の作と伝えられる絹本著色釈迦三尊十羅刹女図、太閤秀吉の朱印状、杉風作の芭蕉木像などがあり、西国三十三観音像もまつられています。
Website【KAGA旅まちネットー全昌寺】から抜粋。
松尾芭蕉はこの全昌寺に金沢から同行してきた北枝とともに泊まった。
じつは芭蕉が泊まった前の日まで、弟子の曽良がこの全昌寺に二泊していた。
曽良が全昌寺で詠んだ句「終宵秋風聞くやうらの山」(曽良/奥の細道)曽良は夜もすがら、夜中じゅう裏山の秋風を聞いていたらしいのだが、この「うらの山」は全昌寺の裏にある丘のことだろう。
芭蕉は全昌寺で一泊し、次の朝、朝食を食べてから出掛けようとすると、若い僧らが紙や硯をかかえて階段の下まで追っかけてきた。
ちょうど庭の柳の葉が散ったのを見て、「庭掃いて出でばや寺に散る柳」(松尾芭蕉/奥の細道)と即興の句を作って書き与えたとのこと。
有名人が来たので、なにか書いてもらおうという気持ちは現在にも十分通じるものがある。
五百羅漢は迫力あります。
名前 |
熊谷山 全昌寺 |
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ジャンル |
/ |
電話番号 |
0761-72-1164 |
住所 |
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関連サイト | |
評価 |
4.3 |
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拝観料は500円ですが、別棟の「五百羅漢」像を拝観するだけで、十分満足です。