富田屋の屋号にちなんで名付けられたとされている。
「富田屋橋は、明暦3年(1657年)から元禄元年(1688年)の間に架けられたと思われており、当時土地の豪商、富田屋の屋号にちなんで名付けられたとされている。
富田屋橋の橋上で、幕末の天文学者 間町涯(はざまちょうがい 1756~1816年)が天文観測をしたことは有名で、観測する時には一般の人を通行止めにしたと言われている。
大正5年2月には橋長44.6m、幅員4.5mの木製の橋に架け替えられたとされており、昭和2年8月に高欄、照明灯などを鋼鉄製に取り替える改修が行われた。
その後、昭和42年から同46年にかけて行われた四ツ橋から木津川間の西長堀側埋め立てとともに、富田屋橋もその役目を終えた。
」
1600年代後半に架けられたとされる。
富田屋という名前の由来は、当時、土地の豪商だった富田屋の屋号にちなんだもの。
大正時代に架けかえられ、昭和初期には、改修により、照明灯などが鋼鉄製に取り換えられた。
1960年代後半、埋め立て工事により、橋が撤去された。
名前 |
富田屋橋跡 |
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ジャンル |
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住所 |
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評価 |
3.8 |
富田屋橋(とんだやはし)跡碑。
明暦3年(1657年)から元禄元年(1688年)の間に架けられたといわれ、当時の豪商飛富田屋(とんだや)にちなんでつけられたと伝えられています。
大正5年に新たな木橋に架け替えられ、その後昭和2年に高欄部と証明が鋼鉄製に改修され、昭和42年ごろまで通行に使用されていました。