名前 |
権現堂古墳 |
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ジャンル |
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住所 |
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関連サイト | |
評価 |
3.7 |
権現堂古墳(ごんげんどうこふん)直径約15mの円墳、築造時期は6世紀前半と推定。
巨勢氏の奥都城(おくつき~上代の墓、神道式の墓)との説があり。
以下、御所市観光HPより。
「樋野の氏神、天安川神社の境内にある円墳で、内部主体は南に羨道を有する片袖式の横穴式石室である。
羨道は埋もれ、玄室の奥壁側が破壊されているために、現在は石室の奥壁側から出入りするかたちとなっている。
玄室は、長さは不明だが、幅1.12メートル、高さ約1.94メートルで、羨道は幅約1.65メートルを測る。
6世紀前葉の築造とみられる。
石室には二上山産凝灰岩製の刳抜式家形石棺があり、棺蓋には左右6個の縄掛突起が削り出されている。
一方、家形石棺の棺身の内部に石枕が刳り抜かれているのは珍しく、近年の調査で御所市大字條に所在する巨勢山640号墳で類例を加えたのみである。
権現堂古墳では石枕の位置から、南枕で埋葬されたことが判る。
また、神社境内には別の刳抜式家形石棺一個体分が散在しており、元はこれが奥壁寄りにあった初葬の棺で、現在石室内にあるものは追葬棺とみられる。
」