とてもとても綺麗に写真が撮れました!
空海祭りの時だったと思う。
五重塔から色々なもの放り投げ下にいる人々が必死で我関せずといった感じで取り合った。
どうもこういう雰囲気は苦手で、取る努力すらしなかった。
沢山取る人は確かにいて、なんかはしたないなと感じた。
取り合ったりする光景は客観的に見てとても醜く映る。
貧乏性の人が、タダだ貰わなくちゃ損という気持ちが全面的に出ているからだと思う。
五重塔に関しては、改修されて綺麗になってた。
以前、善通寺総本山を訪れた時、寄付を募っていたのを覚えている。
とてもとても綺麗に写真が撮れました!人も少なく、映えスポットです。
きれいに整備された立派な五重塔です。
ライトアップされていて、神秘的な感じがしました。
夜ということもあり、人も居らずライトアップされた五重の塔を堪能出来ました。
日本で第三番目の高さを誇る五重塔は圧巻です。
四国八十八ヵ所霊場の中で五重塔がある寺院は五寺だけです。
この中で最も巨大なのが総本山善通寺の五重大塔です。
三間四方 高さ43メートル総欅造りで扉の凡字は慈雲尊者の御筆です。
弘法大師創建になる当初のものは永禄の兵火に焼かれ桃園天皇御綸旨により文化元年に再建されましたが失火により焼失。
現在の大塔は仁考天皇御綸旨により再建に取りかかりましたが途中で明治維新の為に中断したが明治三十五年(1902年)に完成しました。
国指定の重要文化財に成っています。
東院の中にあります。
この五重塔は戦国時代の永禄の兵火で焼失後、140年後の江戸時代文化年間に再建されました。
ところが、これも天保11年(1840)落雷を受けて焼失し、弘化2年(1845)に再建に着手します。
そして約60年の歳月をかけて明治35年(1902)に竣工しました。
古く見えますが百年少々の案外若い建物です。
木造、三間五重塔婆、本瓦葺の建築で、一部尾垂木と扉に禅宗様が認めらますが、純和様に近い様式です。
高欄付切石積基壇の上に建築され、懸垂工法を用い、芯柱を礎石の上に立てずに基壇面より浮かし、5層上部より鎖で吊り下げています。
芯柱は6本の材を継いで、最上部がヒノキ材、その下2つがマツ材、そして下部3本がケヤキ材で、金輪継ぎによって継がれ鉄帯によって補強されています。
また、各階には床板が張られていますので、階段での昇降が可能な珍しい平面形態です。
外部枡組や尾垂木などは、各層を60年という年月をかけ三代の棟梁に受継がれて建てられたためか、各層で時代の違い違いを見ることができます。
この建築に当たったのは塩飽本島出身の宮大工達です。
彼らは同時期に、建設中だった金毘羅山の旭社も担当していました。
完成から約百年が経過し、所々に腐食が見られるようになったので、善通寺開創千二百年を迎えるに際の寺内外整備の一環として平成3年(1991)から平成5年 (1993)にかけて修理が行われました。
江戸時代の技法による塔婆建築の到達点を示すものとして価値が高く、平成24年12月28日に重要文化財に指定されました。
善通寺には創建当初から五重塔があったそうですが、数度にわたって焼失しているそうです。
現在の塔は弘化2年(1845)仁孝天皇の綸旨を受け建立を始めたが、幕末の動乱や明治維新後の神仏分離令などの影響で工事は進まず、完成したのは明治35年(1902)だそうです。
高さは45.5m、総欅造りだそうです。
最上層には大日如来坐像が、初層には阿しゅく・宝生・阿弥陀・不空成就如来坐像が、四方に安置されているそうです。
ゴールデンウィークに初層が公開されるそうですが、私は拝観したことがありません。
ちょうど五重塔に入れるタイミングに訪問し、空中に浮いた心柱を間近で見たり、実際に塔の上に上がり、天井の低さを体感できたりして最高に良い経験ができました。
期間限定で入れるようなので事前に時期の確認をしてから訪問するとGood(内部は撮影禁止でした)
名前 |
善通寺五重塔 |
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ジャンル |
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住所 |
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関連サイト | |
評価 |
4.5 |
五重大塔1902年完成すらっとしています。