芥川龍之介文学碑すぐ横の両国小学校の敷地内にありま...
駆逐艦「不知火」の錨 / / .
芥川龍之介の文学碑の直ぐ裏に有ります。
日清戦争時の駆逐艦不知火の錨とのこと。
本物でなくレプリカと思われます。
小学校の柵の内側にあり、アピールしたいのかしたくないのか良く分からない位置に有ります。
これは目立ちませんね。
普通に歩いていると見逃してしまいます。
学校の裏側に置いてあります。
説明文がありますので、一読する事をお薦めします。
柵の中に有るのは、敷地内なので仕方ないと思います。
日本の危機を救った一隻歴史の重みを感じる錨です。
近くの山田記念病院前には駆逐艦初霜の錨が展示してありますよ。
こちらも是非。
日露戦争で活躍した駆逐艦不知火の錨が展示されています。
野ざらし雨ざらし状態ですが大丈夫でしょうか?
オブジェです。
元は駆逐艦不知火の錨(いかり)だそうです。
何でもない道の脇にこんなわくわくする小ネタがあるとは両国は侮れませんね…。
名前 |
駆逐艦「不知火」の錨 |
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ジャンル |
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住所 |
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評価 |
3.5 |
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芥川龍之介文学碑すぐ横の両国小学校の敷地内にあります。
柵越しではありますが、説明看板も設置してあり、錨も良く見えます。
不知火は1899年5月13日、イギリスのソーニクロフト社で竣工し、1900年6月22日に軍艦に編入されています。
1904年に日露戦争が始まりますが、旅順口攻撃、黄海海戦、日本海海戦、樺太の戦いなどに参加しています。
その後は第一線を退き、特務艇(掃海艇)として活躍しますが、1925年2月25日に廃船となります。
この錨は廃船の解体作業を行った両国一丁目の鉄鋼業者(岡田鉄工所)が昭和の初年に江東(現両国)小学校に寄贈したものになります。