孝徳天皇宮殿跡 大化の改新の説有り。
ここの神社の由来は基本的に不明とされていますが、裏山である眉山に登れば、その片鱗がわかります。
少し登りますと、大小の砂防ダムがあり、更にその上には青石で積み上げられた天然の防波堤があります。
そして更に、神社明細帳には「往古筑前宮崎より勧請したるよし、年暦不詳、鮎喰川当山麓を流れて渭の津に通ず、天正年中蜂須賀公渭の津城を営み、市郷の水災のため大手囲堤防を築き今の如く水流す。
」とあります。
もっと語りますと、豊崎八幡宮の主祭神は、誉田別命であり、『誉』は名誉など。
褒める言葉の意味として良く使用され、『誉(ヨ)』とも音読みでよませれます。
そして豊のトヨは門であり、徳島県の人なら、鳴門のトを思い浮かべられす。
『門(と)』とは、双方そびえ立つに同じ巨大な物体を意味します。
これらを組み合わせますと、豊崎八幡宮の正式名称は、門誉崎八幡宮では無いかと想像出来ます。
ちなみ崎は、山が突き出た先を意味します。
よって『門誉崎』が本来の名前ではないのかと考えらます。
(※これは一個人による妄想と、見解です)
この美しい神社は小さな神社の上と下の木々に隠されています。
私が通り過ぎた最初の25回は見逃していました。
本殿は、神代を祀る神聖な聖所である寄四郎を収容する本館で、最近近代的なスタイルに再建されました。
(原文)This beautiful shrine is hidden in the trees, above and behind a smaller shrine. I missed it the first 25 times I passed by, thinking the little shrine was all there was. The honden, the main building that houses the yorishiro, the sacred object that enshrines the kami (spirit), has recently been rebuilt in modern style.
名前 |
豊崎八幡宮 |
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ジャンル |
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住所 |
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評価 |
4.3 |
高良峯の祠を探して来てみました。