名前 |
竹ヶ鼻一夜堤跡 |
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ジャンル |
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住所 |
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評価 |
3.0 |
周辺は駐車場がなく、どこかの店で買い物をした後に訪れた方が良い場所にあります。
小牧長久手の戦いで築かれた。
4月9日、長久手で家康に敗北を喫した秀吉は(三河への中入りを計画。
森長可・池田恒興が出陣したが、家康に作戦を看破され、両名とも討死した)作戦を変更して伊勢長島城の信雄を脅かし、家康を誘い出す計画を立てた。
秀吉は細川忠興らを動員すると、まず5月6日ないし7日に信雄方の加賀野井城を落城させ、翌日には竹ヶ鼻城の北西1キロメートルにある間島村の丘陵に付け城を築いて、そこを本陣した。
竹鼻城城主・不破広綱は籠城するも、堤によって溜められた水で城を二ノ丸まで沈められ、家康・信雄の援軍も来ない事から開城・降伏した。
その際使われた堤防の一部が近くにあったようです。
堤なので他の場所にも石碑は何個かあります・