幕末の大老で日米修好通商条約を締結し横浜開港へと導...
開港に尽力した井伊直弼を記念して井伊家が建てた銅像。
今あるのは戦後に作られたものなのだそうな。
みなとみらいに向かう井伊直弼像はかなりの存在感。
日米友好通商条約を結ぶなど、横浜の開港に非常に大きな影響を与えた人物。
かなり大きな銅像です。
横浜能楽堂横にある掃部山公園⛰その中に井伊直弼の立像がドッシリと構えています。
午前中に訪問したため陽射しが背中側から差して後光効果がありました。
少し入り込む場所なので人は少ないですね!
桜🌸満開桜吹雪もみえる最終章高台にあります子供が遊ぶ1段階こんなもんか〜とさらに上にのぼると井伊直弼像がある2段階面白いつくりになっている公園ですね♪
表情がわからないほどに高い。
歴史では必ずしも善人とは習わないが、この地横浜にかくも凛と港を見据えておられる。
あの時代にでも国難を乗り切るのにキレイ事ばかりではなかろうことは、古今東西、不変で普遍のこと。
日本万歳。
横浜万歳!
桜の花見で賑やかな公園があります。
1909(明治42)年竣工、台座部分は赤レンガ倉庫や現県立歴史博物館を手がけた妻木頼黄の設計。
関東大震災時の振動で、台座は南に25度向きを変えたという。
銅像部分は第二次大戦中の金属回収によって撤去され、1954(昭和29)年に再興。
名前 |
井伊直弼銅像 |
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ジャンル |
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住所 |
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関連サイト | |
評価 |
3.8 |
掃部山公園には、幕末の大老で日米修好通商条約を締結し横浜開港へと導いた井伊直弼の銅像が建っています。
像が建立されたのは横浜開港50年を迎えた1909年。
建立には相馬永胤(旧彦根藩士・横浜正金銀行頭取)が関与し、像の台座は妻木頼黄が手がけました。
今でこそ埋立地の上にみなとみらいが広がっていますが、井伊直弼像は横浜の海、太平洋を眺める方を向いております。