九州オルレ道を歩いて出会う静かな場所。
神間歩(採銅所坑道跡) / / .
「まぶ」とは坑道のこと。
ここは宇佐神宮に奉納する神鏡専用の「まぶ」なので「神まぶ」。
案内には「かみまぶ」とカナをふっているが地元の人は「かんまぶ」と呼んでるみたいだ。
神鏡鋳造の際には銅を採掘する前にこの中で神事を行ったらしい。
九州オルレ道を歩いて出会う静かな場所(原文)규슈올레길을 걷다 만나는 조용한곳
奈良時代に宇佐八幡宮へ奉納する御神鏡を鋳造したという記録があります。
採銅所としての歴史はもっとずっと古いと思われます。
神間歩も清祀殿も駐車場があれば良いのに。
おそらくだが坑道跡として見学しやすい比較的大きなものなのだろう。
香春岳周辺には規模の大小はあろうがこのような坑道跡が300以上あったという。
(今はどうなっているか知らん)石炭時代の狸掘りのような感じで古代から採掘が行われていたのだろう。
名前 |
神間歩(採銅所坑道跡) |
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ジャンル |
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住所 |
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評価 |
3.9 |
昔、八幡宇佐宮の放生会では、和間浜の浮殿におけるフィナーレで、海へ蜷貝を放つと共に、浮殿へ神鏡を奉納した。
その鏡を清祀殿で鋳造するために使われたのが、此処の銅であり、ゆえに尊んで神間歩という。
写真を撮ると突き当たりが見えたので、さほど頻繁には使われなかったようだ。
当時の宇佐放生会は毎年行うものではなかったと見える。
そもそも仏教の殺生戒から発想された放生会に、神社の御神体奉納は無関係な筈で、それを当たり前にやった当時の信仰は今の感覚で考えてはいけないのだろう。
現在の地理感覚では距離があるのだけど、昔は宇佐も田川も豊前國。
放生会自体も仏教からの発想だけど、鏡は御神体。
神と仏を一緒くたに拝んだのが修験道で、英彦山はその本拠の一つ。
でもって、英彦山中興の祖「法蓮」が、八幡宇佐宮の神宮寺であった弥勒寺の初代別当。
その英彦山を取り囲むように立つ高樹神社は、元は大行事社といって猿田彦大神を祀る社で、「行橋」の地名も「行事」と「大橋」を掛け合わせたもので、行橋には新鏡を携えた神官が立ち寄ったという豊日別宮が坐す。
とまあ、色々絡まり合っていて、鷹羽(田川)~行橋~彦山~宇佐は嘗て、一体化していたらしいのだ。
そんな昔の遺物だから規模は小さい。
何か見ものを期待して来るとがっかりするかも知れない。
千年前からの人々の行いが目の前に遺っている事実を実感できた小生は、何か持ち帰りたいような衝動に駆られたのであったが、そんなことをしてはいけないのは言うまでもない。