日本海軍の水上機練習部隊があった基地跡です。
案内板によると昭和16年に建設が発表されて住民136戸が立ち退いたそうです。
「移転に伴う労苦は筆舌に尽くし難い」という表現で当時の辛苦が偲ばれます。
海軍航空隊ということで主力機種は水上偵察機と飛行艇だったそうです。
案内板によると昭和20年2月に全小型機による神風特別攻撃隊の発令が出たとあります。
特攻と言えばゼロ戦をイメージしますが、小型の水上偵察機でもあったことを初めて知りました。
25機が米軍艦船に突入して57名の若者が散って行った歴史に唖然としました。
特攻に使われたのは零式水上偵察機、94式水上偵察機。
いずれも旧式の速度の遅い機体です。
再びこのような惨禍が起きないことを願うばかりです。
今は国立香川高専の宅間キャンパスになっている、日本海軍の水上機練習部隊があった基地跡です。
テニスコートのある辺りは当時各種水上機の整備ピットでした。
二式大艇などが整備されている写真が残されています。
グラウンドの法面にある掲揚台は当時のままの姿です。
現在の教室は当時兵舎が建っていた場所にあります。
ここには詫間海軍航空隊があり、水上機用の滑走路です。
今でいう水上機基地で、日本中から優秀なパイロットを集めて訓練を行っていました。
戦時中は機密事項の為、ここで何を行っているかは秘密とされていた為、戦後もあまり知られていないのが現状です。
戦場の悪化から訓練基地から神風特攻隊出撃基地となり、若い多くの命が失われることになりました。
今は化学工場・高等専門学校があり当時の面影はありません。
海岸の滑空台と山際の記念碑と防空壕のみです。
ここに海軍基地があり、多くの若い命が失われたことを多くの方に知ってもらいたいと思います。
詫間海軍航空隊記録編集委員会HPがあるので興味がある方はググってください。
海岸沿いの道に休憩所の様になってますが、ここから神風特攻隊が飛び立っていた場所です。
道を隔てた壁に、トンネルのような穴がありますが防空壕の跡です。
近くの海岸線に水上機すべり跡の遺構も残っています。
戦後70年の年に、この地に来てみました。
名前 |
詫間海軍航空隊跡 |
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ジャンル |
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住所 |
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評価 |
3.6 |
昭和50年代頃は、アリチロープの建物があった場所ですね。
いつ頃この様な施設が出来たのか、いつか行って見たいです!