名前 |
天神社 |
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ジャンル |
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住所 |
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評価 |
4.5 |
阿波の国の古代に最も栄えた所です。
この辺り一帯を、天の原といいまして、私の以前に記載しました天の安河とは地続きです、天の安河では船はて比売神社で記載しましたから、そちらも見ていただけたら幸いです、じつは、この西側に古い出雲神社がありまして今は祠のみですが、その出雲神社を記載するつもりでしたがGooglemapにはでてきませんから、天の原の天神社と重ねて記載します、出雲神社は御承知のとうりに大国主神を祀りますから、別段にかわりないと思いますが、船はて比売神社には本来は天照神を祀るのですが孫のニニギ神をまつりまして、箸の神として祀ります、面白いことには、ここにはスサノウ神の娘婿の大国主神を祀りまして、双方の顔を出さずに、祀りました、これは上手く隠したのです、ここの鮎喰川を挟みまして歯の辻神社をスサノウ神として、船はて比売神社を天照神にして、お互いの争いに終止符を打った場所となりますと天の安河とだれがみても認めますから、そうすれば、神山は邪馬台国となりますし、高天原は私のいいます、佐那河内の頂上の大河原高原となります、すべてが白日に曝されることになりますと都合は悪くなるのは朝廷ですから、上手く隠したのです、さて天神社には調べますとタケイカヅチの神や息子のタテフツ神やアメノコヤネ神を祀ります、よほどこの地を守ってほしかったのです、現在の天神社は御神紋は梅の花ですから、菅原道真公を祀りますが、社殿の左に回りますと四角柱の立派なのがありまして、正面に南無水神宮と彫られていまして、その左には小さく大山積神と、もう一人彫られていますが読めません、いすれにしろこの地は、大切な古代地域だったのは間違いありません、この南無水神宮をみたときに、仏教がはいりまして、天照神とスサノウ神の和解場所であるのを消すために、ニニギ神と大国主神にしたのです、この地区は神山の入口でして、徳島市入田町、天の原といいます、この入田をニュウタと呼ばします、変わっていますが、地元民はなにも感じないようです、この地区には神の池という所もありましてGooglemapで出てきますが現在は民家になっております、儀式場所でもあったのでしょう、この天神社を東に西には出雲神社ですが古墳の前方後円墳の前方部の裾のになります、後円墳部分は盗掘跡があります。
まとめますと、この地域に天照神とスサノウ神を古代には祀られていたのを時代が下りますと、ニニギ神と大国主神になりました。