名前 |
藤後左右句碑 |
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ジャンル |
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電話番号 |
099-808-2478 |
住所 |
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評価 |
5.0 |
鹿児島県出身の 俳人で医師の藤後左右が詠んだ句「夏山と熔岩の色とはわかれけり」が刻まれた石碑が建っています。
後藤左右さんは1908年に大隅半島の志布志町生まれ、1991年に亡くなったそうです。
1932年に京都大学医学部卒して松尾内科を経て京都市立病院に勤務したそうです。
大学入学の1928年より高浜虚子に師事。
1930年「ホトトギス」巻頭。
1931年に「噴火口近くて霧が霧雨が」を発表し日本新名勝俳句の帝国風景院賞(高浜虚子選)を獲得したそうです。
1943年応して復員後、末吉町に藤後内科医院開業し翌年、布志町に藤後内科病院設立したそうです。
現在は後藤左右クリニックになっているようです。