百舌鳥周辺に数多くある倍塚の1つ巨大古墳がもいいが...
大仙古墳(仁徳天皇陵)の陪塚です。
周りの道路に本来の陪塚の大きさを示すブロックが埋め込まれています。
百舌鳥周辺に数多くある倍塚の1つ巨大古墳がもいいが小さな古墳巡りもいいもんです。
道の通りすがり、金網越しに見ても感慨は湧かない。
古墳なのか単なる盛土なのかがわからない。
しかし航空写真で見ると、はっきりとその円墳の形が判明する。
周りに人家がなかったときには、確実に古墳の存在価値があったろう。
そして今、この源右衛門山古墳は世界遺産の構成資産のひとつになった。
大仙古墳の周辺にある古墳の一つ。
三国ヶ丘の駅を降りて仁徳天皇陵に向かう時に最初に目に入る緑地。
ポコッと残されている小山が古墳群の一つだったりします。
こんなところに古墳が!百舌鳥に住んで20年。
いまさら発見。
最近の散歩は、古墳発見が目的になってます。
古墳自体は平凡ですがロケーションは良いですね。
どの古墳にも言えますが、どのような経緯でネーミングされたのか知りたいとこです。
仁徳天皇陵の東側は遊歩道になっていていくつかの陪塚を見ながら散策できます。
源右衛門山古墳はその遊歩道の一番北側にあり、周りは住宅地に囲まれています。
堺市HPによると「現状は直径40m、高さ5mの円墳の墳丘部が仁徳天皇陵古墳の陪塚に指定され宮内庁が管理しています。
平成元年(1989年)に行われた発掘調査で幅5m、深さ1.8mの周濠をもつ墳丘径48mの円墳であることが確認され、この時に確認された周濠の外周を現在道路上にタイルで明示しています。
名前は江戸時代の古墳所有者名に由来し、民家や建物に挟まれていますが西側と北側の道路から柵越しに見学できます。
」
仁徳天皇陵の陪塚。
古墳の西側に解説板がある。
「平成2年の下水道工事に先行して行われた発掘調査では、濠の一部と埴輪が発見され、もとは周囲に幅約5m、道路面からの深さ約1.8mの濠を巡らせていたことが確認されました。
~~古墳も周濠の外まわりについては、道路の舗装面にブロックの組み合わせを変えて表示してあります」とのこと。
ブロック、気付かなかった。
(-。
-;)
名前 |
源右衛門山古墳(仁徳天皇陵陪塚ち号) |
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ジャンル |
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住所 |
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評価 |
3.3 |
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非常に綺麗に残った古墳ですが、周囲を歩く人たちの興味は惹かないみたいですね。