令和元年は、御朱印に特別スタンプあり。
良い寺だと思う、ここも人も少なくほとんどいない、頑張ってほしい。
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出雲観音霊場。
古代における神門寺は、出雲大社との係わりに於ても、又、中世時代、山陰地方随一の寺院であったことなど未知のロマンを今も秘めたままになっている。
名残りらしきものは欅の巨木の森に囲まれた広大な寺域に垣間見ることができる。
開山が宋肇菩薩、二世は伝教大師、三世が弘法大師である。
いかに当時隆盛していたことを物語るもので、弘法大師がこの神門寺から「いろは四十八文字」を四方に弘めたれたということから神門寺ではこの仮名文字の御真筆を現在も収蔵している。
御本尊は行基菩薩のご自作と伝えられる阿弥陀如来で、法嗣は永く密教を厳修していたが、三十八世良空上人が法然上人の専修念仏に帰依して上洛し、七条の袈裟と六字名号を授かって帰り、山陰地方の念仏弘通の霊場となった。
観音堂には慈覚大師作と思われる平安初期の秘仏十一面観世音菩薩像が祀られている。
代表的寺宝 十一面観世音菩薩像(秘仏)弘法大師「いろは」四十八文字他多数。
出雲地域では最古の寺院みたいですね。
歴史を感じる立派なお寺です。
本堂が大きい。
令和元年は、御朱印に特別スタンプあり。
500円。
忠臣蔵のモデルにもなった、塩冶判官高貞の墓があります。
出雲三十三観音霊場 五番本堂の大きさに驚きました地元の人々に慕われるお寺さんです。
豪族・神門臣が出雲大社の神門を建立したことに由来する 古代における神門寺は、出雲大社との係わりに於ても、又、中世時代、山陰地方随一の寺院であったことなど未知のロマンを今も秘めたままになっている。
名残りらしきものは欅の巨木の森に囲まれた広大な寺域に垣間見ることができる。
開山が宋肇菩薩、二世は伝教大師、三世が弘法大師である。
いかに当時隆盛していたことを物語るもので、弘法大師がこの神門寺から「いろは四十八文字」を四方に弘めたれたということから神門寺ではこの仮名文字の御真筆を現在も収蔵している。
御本尊は行基菩薩のご自作と伝えられる阿弥陀如来で、法嗣は永く密教を厳修していたが、三十八世良空上人が法然上人の専修念仏に帰依して上洛し、七条の袈裟と六字名号を授かって帰り、山陰地方の念仏弘通の霊場となった。
観音堂には慈覚大師作と思われる平安初期の秘仏十一面観世音菩薩像が祀られている。
天応山神門寺浄土宗の寺院で、出雲三十三観音霊場第5番札所です。
正面に駐車場があり、参道途中を生活道路に寸断されることもなくそのまま本堂まで歩いて行けます。
山門には金剛力士の木像がおられますが内部がうす暗く、金網も張られているため表情や造形を読み取りにくいのが少し残念でした。
堂々とした佇まいの本堂には犬・貘の木鼻が正面を守り、本堂には阿弥陀如来がおられます。
本堂下手の観音堂に十一面観音が祭られていました。
もともとは岩根寺のご本尊で明治期に移ってこられたようです。
現在は浄土宗ですがもともとは真言宗だったらしく、弘法大師堂も境内には建てられています。
看板によれば三世が弘法大師であり、大師真筆のいろは四十八文字が寺宝として伝わっているそうです。
第4札所 観音寺 ← → 第6札所 蓮台寺。
出雲観音霊場5番 中国観音霊場23番。
名前 |
天応山 神門寺 |
---|---|
ジャンル |
/ |
電話番号 |
0853-21-0698 |
住所 |
|
評価 |
3.9 |
創建が西暦781年の由緒あるお寺である事がわかり、びっくりです。
閑静な境内にホトトギスの囀りが響いており、独り占めして来ました。
弘法大師が、この寺でいろは歌を作られた事から、いろは寺とも呼ばれている様です。
隠れた名所です。