和尚さんが良い雰囲気でした。
綺麗なお寺です。
高校時代、知人の御家族のお墓参りの付き添いで良く来てました。
以来35年前ぶりに、参りました。
豊中市の土地勘ない私ですが、記憶を頼りにお寺に辿り着きました。
超光寺さんという御名を今日知りました。
今日は、たまたま近くで用事があったので来れました。
お墓を探したのですが、膨大な数で途中で諦めました。
運良く御住職がいらして、お仕事のお手を止めて、ご親切にご案内して頂きました。
心から感謝してます。
ありがとうございます。
お墓に知人の御名前ありました。
御他界を知りました。
御冥福を心よりお祈りいたします。
その知人のお蔭で、今の私の幸せがあります。
又いつの日か来ます。
長々とすみません。
和尚さんが良い雰囲気でした。
不親切、傲慢、強欲。
最高です。
必ずいきます。
してからうと?して。
超光寺(浄土真宗本願寺派、山号は那須原山(なすはらざん))は、源平合戦にて源義経に従軍した那須与一宗高ゆかりの寺といわれます。
元暦2年(1185)、屋島の戦いにて平家軍が掲げた扇の的を一矢で射落とした那須与一は、当寺にて出家し、仏門に入ったと伝えられます。
本堂に菊の紋の彫刻があるのは、文治5年(1189)に与一が後鳥羽天皇から紋を賜ったとの由来によります。
創建は由緒によると、弘仁年中(810~24)に遡るとのことです。
そして14世紀頃、与一の孫小太郎(法名は空覚)が本願寺覚如に帰依し、浄土真宗に改めたそうです。
現在の本堂は、阪神・淡路大震災の後に修復されています。
名前 |
超光寺 |
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ジャンル |
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電話番号 |
06-6852-6645 |
住所 |
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評価 |
3.9 |
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27年位前、文学団体に依頼されて豊中市を案内する講師を引き受けた。
その時、「那須の与一」の寺として知られているこの寺へ前もって取材に伺った。
住職の奥さんが応対。
「この寺と与一とは何の繋がりもありません。
世間が勝手に申してるだけです」との返事だった。
狐に摘ままれた、とはこのことかと思って寺をあとにした。
関係がないのなら、思わせ振りなものを置いてはならない。
それとも、私が取材したあとにそれらしい物を勝手に作ったのか。
真相は誰が知ってるのか。