淀駅から歩く歴史の石垣。
淀城跡の特徴
京阪電車の淀駅から徒歩数分、隠れた名所があります。
天守台の石垣と水堀が見事で、歴史を感じるスポットです。
桂川と宇治川の合流点に位置し、江戸時代に築かれた城跡です。
京都競馬場の近くにあるお城。
江戸時代に桂川、宇治川、木津川が合流する場所に作られました。
現在は本丸周辺だけが残っていますが元々は巨大なお城でした。
城内には淀藩の城主であった稲葉氏を祀る神社もあります。
淀城跡公園にある淀城跡。
木津川、桂川、宇治川の三河川が合流して淀川となります。
その要衝に江戸幕府が築いた城が淀城です。
1623年、徳川秀忠の命で松平定綱によって築造が始まった淀城は、廃城となった伏見城の資材と二条城の天守が移築され、約3年をかけて三河川合流地点の中島に完成しました。
その後、宝暦6年(1756年)、落雷で焼失してしまったらしいです。
石垣の上は桜並木になっています。
桜の季節は圧巻でしょうね( ・∀・)京阪「淀駅」から徒歩5分徳川の伏見城(木幡山伏見城)の代わりに造られた城の跡がある公園【淀城跡公園】
京阪を淀駅で降りて淀城に行ってきました。
淀城は秀吉の側室茶々がいた城かと思っていたのですが、それはもう少し北にある淀古城のようで、この淀城は徳川の時代になってから建てられたものだそうです。
淀藩10万石との事ですから、結構大きな藩ですね。
譜代大名が歴代の藩主を務めていたとの事なので、重要な拠点だったのですね。
現在は公園になっていて、天守台のところに石垣が残っています。
徳川秀忠の頃に築城されたお城なので、石垣はもっときれいに切込接でも良さそうなのですが、野面積っぽいところもあり、ちょっと不思議な感じです。
天守台には木々が生えていて、一部柵があり中に入れなくなっています。
水堀も残っていて少しですが当時の面影がありました。
建物は残っていませんが、天守台の石垣は綺麗に残っています。
元はこの辺り一帯が、水郷を張り巡らしたお城だったそうです。
この公園の周りにお堀が残っており、一部とは言えかなりのお堀なので、当時の水郷はかなりの規模であったろうことが伺えます。
さぞかし難攻不落だったでしょう。
バーチャルで良いので見てみたいですね。
説明板を読むと、元は桂川と宇治川の合流点に挟まれた位置に有ったらしい。
伏見港にも近く交通の要所だった事が解ります。
元和9年(1623)江戸時代徳川秀忠の命により松平定網が伏見城の資材を使い築城、その後稲葉正知が入城、城主を勤める。
こうした事から稲葉家の先祖の正成を祀った稲葉神社も有ります。
今は、淀城跡公園として本丸の石垣や堀を見たり、ベンチや遊具も整備され地元民の憩いの場所となっています。
丁度花見の時期、あれっ将棋をさしている人も…
立派、立派。
淀城のことは知っていましたが、こんなに立派だとは。
石垣も堀もめちゃめちゃ残ってるし。
江戸時代には10万2千石もあった藩のお城なんて、そりゃ立派だろうなと。
近隣で米つくっているイメージもなかったし。
若干荒れている気もしますが、埋め立てられて更地になって、住宅が建っているよりは全然よいです。
結構おすすめです。
京阪電車、淀駅から徒歩数分です。
コインパーキングもあるので、車でも訪問可能すが・・・競馬があるときは人も車も混むので要注意ですwww京阪電車の高架沿いに大阪向かって歩くと與杼神社鳥居が、まず見えました。
神社境内が公園と繋がっています。
天守閣などはなく、石垣と濠を残すだけでの城跡公園です。
少しの遊具ありますが、幼児向けという感じでしょうか。
地域の憩いの場という雰囲気で、子連れの親子やら、散歩途中のお年寄りやら、静かに賑わってる感じでした。
お城の遺物として石垣は見応え充分!石垣の上まで上がれるので、ちょっとした探検気分で公園内を、グルッと回れます。
また紅葉も綺麗でした!隠れたスポットですね!!あ、野宿は禁止のようですwww
パワースポットではありません。
淀城跡何とか都市開発という破壊から免れてある城跡。かと云って保存整備は追いついてない。
石垣や城堀の劣化が進んでいるようだ。
かつてあった巨椋池の畔に佇んでいた。
現在の規模では比較できないらしい。
猿の城マニアには住民も苦労したに違いない。
確かに城跡である事が実感できる石垣があります。
他に何か展示物が^あるわけではありません。
この淀城は、秀吉が淀君のために建てた淀城にあらず。
「そーなんだ。
」の淀城でした。
お間違えなく。
水堀と石垣が残されていました。
天守台の石垣は有りましたが、侵入禁止になっていました。
建物は無く休憩所が有り、子供を遊ばせる遊具が有りました。
地下構造が残っている天守跡は案外珍しいので一見の価値はあります。
地元の近所の方にしか知られていない城跡の石垣も水掘りも見応えあるのに城跡として、何かしらアピールできないものか?勿体ない。
京阪・淀駅の近くにひっそりと存在する史跡。
石垣が残っていて城の跡だと分かりやすい史跡。
中は公園になっています。
天守台の石垣と水堀が見事です。
駅から徒歩数分でアクセスも良く、気軽にお城巡りが出来るスポットです。
石垣で淀城跡だとわかりました。
淀水路の桜を見に行った折、立ち寄りました。
今後 淀水路の河津桜が、一足早い春を告げる場所として人気になると思うので、それにあわせて、もっと整備されたら良いだろうなぁと思いました。
隣のよど神社、稲葉神社もしっくりした感じで良かったです。
宇治川と淀川の合流点にあるかつて水に浮かぶ城、淀城。
淀城は大変立派なので、もっと城として見せたらいいです。
進入禁止の天守台に入りたかった。
眺めが良さそうです。
石垣のすぐ近くのブランコは撤去した方が景観がいいし、古城の石垣は突然崩れる危険性もあるので子供の安全のためにも早期に撤去した方がいいです。
石垣と堀が残ってますが、それ以外は何もなくて中心部は公園になっています。
そして現在、石垣の一部は立ち入り禁止となっています。
なお、この淀城は江戸時代になって築城されたもので、淀君で有名な淀城は古淀城と呼ばれていて、少し離れたところに石碑があります。
江戸時代(1623年(元和9年))に築城された城です。
城郭構造:梯郭式平城天守構造:連立式望楼型5重5階地下1階(1623年築):非現存。
遺構:石垣、堀、天守台、本丸跡、二の丸跡安土桃山時代に豊臣秀吉が側室茶々の産所として築かせた淀城はここより北へ約500メートルの位置にありました。
他の城跡に比べ、行政があまり、力を入れてないようで、二度と行く事は、ないでしょう。
隠れた名所です。
もっと注目を浴びてほしい。
水車が復活するらしいです。
公園の外からの天守台は見事です。
只、中に入れるようにしてほしい。
石垣がきれいに残っております、しかし天守跡の扉に鍵がかかっておりはいれません。
石垣も所々新しいのご混じっていて残念です。
淀城は京都・桂川と宇治川の中州に建っていた山城国の近世城郭で、二代将軍秀忠の頃、一国一城令で廃城となった伏見城の石垣や、二条城の旧天守(二条城へは玉突きで伏見城の天守が移築)を利活用して築城されたと伝わる。
江戸中期に稲葉氏が入部し、そのまま明治を迎えた。
古絵図によると城があった当時は東西南北を川や池が取り囲む堅固さだったという。
火災や幕末期の戦乱などで建物は失われた。
ちなみに秀吉の側室「淀殿」の名前の由来となった「淀城」は別の城(こちらは淀古城と呼ばれ少し北の妙教寺に石碑がある)。
名前 |
淀城跡 |
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ジャンル |
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住所 |
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営業時間 |
[月火水木金土日] 24時間営業 |
評価 |
3.5 |
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京阪電車の車内から見える石垣が気になっていましたが,ブラタモリの番組で,その正体がわかり,行ってみることとしました。
現代では淀と言えば競馬場のイメージしかありませんが,3つの川の合流ポイントであり,京の守備固めには,極めて重要な場所だったのですね。
ただし,今は,石垣の上からも川は見えず,地元の子どもが遊具で遊ぶ普通の公園と化しています。
時代の流れを感じさせる遺構です。