紀の川の中流域 和泉山脈を背に御鎮座。
和歌山紀の川市海神社 / / .
大変神様の存在感がある静かな神社です。
海じゃないのに海神社近くの山に居る、ふくろうの御朱印帳も珍しいです歴史ある神社で、はる書房からも本が出版されていました犬鳴山とも繋がりがあり非常に興味深い。
広い敷地の神社です。
すっきりとした感じです。
説明板を読むと由緒ある神社でした。
電話すると御朱印いただけました。
最初車🚗で走っている時に🌊海神社の看板を見ましたエェット思ったのですが、アンナでかい看板見間違える訳も無く、Uターンして神社の由緒書きを読んで、納得し神社を後にしました⭕⭕
海ですが山の中でしたよ昔は人気のあった神社だそうです。
広域農道を通るたびに海神社の看板。
前から気になっていたので春桜の時期にお伺い。
周囲が木に囲まれているので静かな境内。
いい空気が満ちてます。
通称「海神さん」の名で親しまれ、豊玉彦命・国津姫命を主祭神とし、垂仁天皇の御代、忌部宿祢が神のお告げによって、創建したものと伝えられている。
静か場所でした。
県内でも指折りの古社と伝わる神社です。
広い駐車場もあります。
海神社うながみのやしろ和歌山県紀の川市神領272祭神豊玉彦命綿津見神(わたつみのかみ)の事で海神国津姫命社伝によると垂仁天皇時代に忌部宿祢が神のお告げによって創祀。
ご祭神:豊玉彦命,国津姫命配祀神:穂高見命,豊玉姫命,玉依姫命,豊受大神,事代主命,境内社:稲荷社,幸神社,皇大神宮(天照皇大神),祇園社参考:最初浦神(那智勝浦町)に鎮坐した氏神は,湾内大床島(男床島)に祭神を浦上国津姫(つくにひめ)大神(浦神)として,浦上神社と称した。
この神は何れの時代にか那賀郡池田荘神領村(現在打田町)に遷坐し「海神様」と称するようになった。
海神社(かいじんじゃと読み、「うみ」、「わだつみ」と呼ばない)海から遠く(約20Km)離れた和泉山脈の山麓に建っているのに、何故か「海神さん」である。
古くは「その名を知られた由緒ある神社」であったが、豊臣秀吉の兵火にかかり「全て」が焼失した。
いまは昔の「大いなる姿」は無い。
静かな佇まいの景観の中でも、特にゆったりとした神社でした。
梅雨の中休みに行きました。
境内は広々とした感じ。
由緒書きによると、この神社の一の鳥居は熊野の楯ヶ崎、二の鳥居は南中、三の鳥居はこの社内にあり、祭神は海の神様と記されている。
創建は垂仁天皇の時代というから紀の川市で最も古い神社かも知れない。
境内で少し休憩していると、楓が風に揺れてサラサラと音がしていました。
静かな古社。
きれいな、苔の蒸した良い感じの、社です。
ここは、海神社と書いて「かいじんじゃ」と言います(*^^)vきれいにお手入れがされています(^o^)丿御朱印も頂けるのですが肝心な「社務所」は、ぉ留守の時が多い様です(;^_^A連絡先(TEL)表記されていているのでもし、ぉ留守の場合は、電話すると戻って来てくれるのかもしれないですね(^u003c^)無料駐車場も完備されているのでまた、早い時間帯に訪れたいと思います(^u003c^)
当神社は、通称「海神(うながみ)さん」の名で親しまれ、豊玉彦命、国津姫命を主祭神とし、垂仁天皇の御代、忌部宿祢が神のお告げによって、創建したものと伝えられている。
「延喜式」台帳をはじめとして、権威ある図書に、登載されている県下でもその名の知られた神社である。
人が少ない無い静な神社です。
社務所に用事がある場合は連絡してください、不在の場合がありますので!!例祭日 10月15日 今年の祭り=10月19日です。
紀の川の中流域 和泉山脈を背に御鎮座。
遥か昔は、この辺まで海岸線だったのだろうか?
名前 |
和歌山紀の川市海神社 |
---|---|
ジャンル |
|
電話番号 |
0736-77-3928 |
住所 |
|
関連サイト |
http://www.wakayama-jinjacho.or.jp/jdb/sys/user/GetWjtTbl.php?JinjyaNo=3022 |
評価 |
4.1 |
来年の絵馬完成記念でした~😊巫女さんの舞が良かったですよ~😊日にちは、今日ではありませんが。