名前 |
日月公園 |
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ジャンル |
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住所 |
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関連サイト | |
評価 |
3.0 |
日月神社の東側にある公園であるが? 黄檗宗日月山天徳寺(廃寺)の跡であるらしい。
明治9年の土地台帳によれば「元天徳寺上知」とあり、五畝二十八歩が寺の境内であり、四畝二十七歩が寺領と判明した。
二筆になっているが、計一反一畝程の土地である。
畝(せ)=土地の面積の単位。
畝は一反(たん)の十分の一。
三十歩(ぶ)3.3m2=0.0102 畝(せ)=0.0011 反(たん=0.0002町(ちょう)新編相模国風土記稿」に「天徳寺 日月山と号す。
黄檗宗 江戸深川海福寺末、開山本源、本尊釈迦 按ずるに當寺もとは日月社の法主などにて、此の山号を得たるならん、彼社前に延享四年(一七四七)當寺住僧の立てし、石灯籠あり。
」と誌してある。
沼目の日月社周辺を探したが、寺の跡らしき所がなく、愈やくにして神社参道の右側で杜の下の畑地が、天徳寺跡と判った。
石仏や石塔の類は、何一つ遺されておらず、僅かに、二、三年前に、寺跡の畠から掘り出したという、地蔵尊か不動尊か判別の難しい、風化した石造物が一体、畑の中央に祀られていた。