Oct’01.2020 参拝並びに画像撮影。
Oct’01.2020 参拝並びに画像撮影。
大振りな社殿では無いが「彫刻」に見所あり、隣接する校舎に通う学童たちをしっかりと見守っていることと思う。
世界遺産の一柱たる「上賀茂」「下鴨」両社より分霊いただいたのだろうか?落雷か?なかなかの幹まわりな巨木だったろう切り株跡があり、焼け焦げた痕があった、児童を御神木がカミナリから身を挺して守り、身代わりとなって燃え尽きたのかも知れない。
と思ってたら祭神に「武甕雷」命居んのか、自傷行為か?合祀の大山祇さんとか大己貴命とか、止めてあげてよ…。
以下転載。
往古、豊島城主豊島玄蕃頭の氏神として祀られ、戸島館の東方御雷台にあった。
一の口御雷神と称したが、豊島城落城後、現在地の北野田高屋雷谷地に奉遷された。
明治6年9月10日村社に列せられる。
明治45年1月26日字堂ノ前無格社水上神社、字上磐昌無格社伊豆神社、字薬師前無格社五條神社を、大正元年12月2日字松渕村社豊受姫神社を合併す。
大正3年1月12日神饌幣帛料供進神社に指定される。
町道拡張工事に伴い、平成2年6月神社社殿を同番地内に移築する。
秋田市立河辺中学校のすぐ近くにある神社です。
最近、鳥居が新しくなった小さなお社の神社ですが、木々に囲まれているので神聖な気持ちになれる場所です。
駐車場も無く、境内もあまり清掃されていないので少し参拝しにくいかもしれません。
名前 |
賀茂神社 |
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ジャンル |
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電話番号 |
018-882-2657 |
住所 |
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関連サイト |
http://akita-jinjacho.sakura.ne.jp/tatsujin_etc/kennsaku/akita/032_kamo_kaminaritaniti.html |
評価 |
3.7 |
豊島玄蕃の居城である豊島城内に加茂神社と薬師堂があったが、落城に当って薬師さんは「ぐみの」に移し、加茂神社は当地に祀った。
この社の附近を雷の谷地といっている。
一説には天正元年に戸島(豊島)城主が武州から雷の神と加茂神社を勧請して城内に院宅をかまえ、実相坊を守護となした。
慶長元年落城のとき石川村に移して崇拝したとある。
今の加茂神社、雷の神は石川村(現在の石川と和田の間)から移転されたものか、それとも石川村と黒沼村の両方に別れて祀ったのかもしれない。
(郷土史より)