中に入りました、沢山の仏像は圧感です。
その昔、おやじは学生時代、いつも東寺の塀を越えて学校へ急いだらしい…。
懐かしみながら豪語していた言葉が今も忘れられない。
どこの学校だったんだろ??はじめて来て、その足跡をたどってみた。
荘厳な場所じゃないか。
京都駅から近いです。
併設されている駐車場は600円でした。
国宝の建物や仏像が沢山あり、見る価値あると思います。
今は蓮の花が見頃で、五重塔と一緒に撮ることができました🎵
三体の仏様が安置されてます。
有名な奈良時代の月光菩薩像とはかなり違いますね。
東寺が空海に下賜された、弘仁14年(823年)までには完成していたと推定されている、巨大な国宝の木造建築物です。
当初の堂は文明18年(1486年)の土一揆で焼失してしまいましたが、慶長8年(1603年)に豊臣秀頼の寄進により片桐且元を奉行として再建されました。
入母屋造本瓦葺きで、外観からは二重に見えますが一重裳階付きです。
建築様式は和様と大仏様が併用され、内部は広大な空間の中に本尊の薬師如来坐像と日光菩薩、月光菩薩の両脇侍像が安置されていました。
南大門を入ると正面に見えますが、入口は意外に遠く講堂の先右手にありました。
有料で堂内は撮影禁止です。
国宝(1953年3月31日指定)金堂は、東寺の中心的な伽藍(本堂)で、796年(延暦15年)に創建されたと伝えられています。
創建当初の金堂は、1486年(文明18年)の土一揆で焼失し、その後1世紀近く再建されませんでした。
現存の金堂の建物は、豊臣秀頼が発願し、片桐且元を奉行として、1603年(慶長8年)に再建されたものです。
国宝に指定されています。
金堂の建物は、入母屋造本瓦葺きで、外観からは二階建てに見えますが一重裳階付きです。
建築様式は、天竺様(大仏様)を基本とした豪放雄大な桃山時代の代表的な建築物です。
細部には、和様や唐様の技術が巧みに取り入れられ、貫や挿肘木を多用して高い天井を支える点に天竺様の特色が見られます。
金堂内部は広大な空間の中に、本尊の薬師如来坐像(像高2.88メートル、台座と光背を含めた総高10メートル)と日光菩薩・月光菩薩の両脇侍像が安置されています。
薬師如来坐像の光背には7体の化仏を配して七仏薬師をあらわし、台座の周囲には十二神将像を配しています。
これら三尊像は、桃山時代の大仏師 康正(こうしょう)の作で、密教的な薬師信仰を表現しています。
金堂の中には、薬師如来さまと日光月光菩薩さまがあります。
1985/5/3来訪。
金堂(国宝)-慶長11年(1606年)豊臣秀頼の再建。
重層本瓦葺き入母屋造り。
奈良大仏殿をモデルとした桃山時代の仏寺建築の雄といわれる。
内陣に薬師三尊を安置する。
東寺の金堂は慶長8年(1603)豊臣秀頼の再建だそうで、国宝に指定されています。
ご本尊は薬師三尊像で、桃山時代の仏師康正の作だそうで、重要文化財に指定されています。
世界遺産東寺で一番大きく中心的な堂宇。
現存する金堂は1603年に豊臣秀頼の寄進によって再建されたもので国宝。
今回は外観からのみの参拝で、次回は時間をかけて参拝したいと思っています。
心が洗われた気がします。
金堂に入った瞬間に空気が違う。
御本尊七仏薬師如来。
右側に日光菩薩。
左側に月光菩薩。
御本尊の台座を薬師如来の願い成就させるべく十二神将が支える。
私は信心深い人間ではありませんがそんな私でも「長い年月御守りくださっていたんだな」と感じました。
中には仏像があります。
黒くて立派です✨中は撮影禁止ですヽ(・∀・)ノ。
内部の薬師如来像様々な人々の思いを数百年もの間受け続けられたら仏さまも宿るのかもしれない。
恋人と初めて行った!たまに旅行すると見えない物が見えそうな気がする!
立派な薬師三尊像が祀られています。
薬師如来の台座の回りには十二神将が祀られています。
名前 |
金堂 |
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ジャンル |
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電話番号 |
075-691-3325 |
住所 |
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関連サイト | |
評価 |
4.6 |
中に入りました、沢山の仏像は圧感です。