四国札所の中で一番気になる「お地蔵」さん。
史跡香川県三豊市側から徳島県池田町側へ抜けるルートから一方通行。
🌠酷道の中の酷道(酷道マニアの聖地の1つ)香川県側から徳島県へ抜けるのが普通酷道マニアだらけだ(それっぽい人しか居ない)🌠軽自動車が良いね(大型自動車や二輪車は、🈲物)四駆なら尚良し🌠🌠🌠🌠🌠戦国時代の古戦場(アニメ🌟センゴク🌟に出てくる大平殿のモデルの大平国祐ゆかり)大平国祐1人と三好一族6人の激戦区雑兵🌠ぞうひょう🌠に手出し無用と両者命令して置いて戦ったが大平国祐は、かすり傷もなく6人を葬りさった全員が一刀のもとに倒された。
先のレビューにて仰っている方がいるように、お遍路ルートをカーナビに入れると出てきます。
逆打ちでなくともここを示します。
付近の看板には通行規制とされていますが、国道32号線の坪尻へと出る道は問題なく進めます。
そっちの方が安全です。
看板u0026ナビを頼りにすると地獄を見ます。
行ったのは2月だったので、季節によるかもしれません。
西日本豪雨の影響なのか、悪路が目立ちます。
普通車でもギリ通れますが、車高がないと腹擦ります。
2駆はキツイかと。
ぬかるみそこそこあります。
かといって、SUVだと重すぎて路肩が崩れてもおかしくないです。
4駆の軽u003dジムニー等はへっちゃらかと。
私は途中で諦めて引き返しました。
以上、初心者スバリストの感想でした。
参考になるとよいです。
六地蔵越を見ようと思いましたが道があまりに酷すぎてそれでころではありませんでした(笑)その道の通称は険道6号線。
32号線で徳島から香川に帰る道に飽きたので、鮎苦谷川でのホタル観賞の帰り道で試しに通ってみたらそれはそれはこの世のものとは思えないほど恐ろしい悪路でした。
6月頃にハスラーで通過しましたが底を擦ったり、張り出してきている木の枝や葉に当たりまくります。
夜間に通りましたがまるで地獄を走っている気分。
抜けたときはなんとか生きて生還したと思えるほどでした・・・。
県境を超えて香川県側に入るとだいぶマシになります。
軽トラやジムニーなどそれなりの車u0026怖いもの見たさ以外では行かないほうが良いです。
さぬき三十三観音霊場第15番 宗運寺と阿讃山脈 寛永12年(1635年)、生駒家の家臣(大平国祐の娘婿の生駒正久👈生駒正親の🌟甥おい🌟)山下市右衛門盛久や生駒正久の庇護のもとに現在の地に移転し、鎮守の天満宮の別当となり、宗運寺と名づけられた真言宗のお寺。
山下家は金毘羅別当金光院の大檀那でもあったため、2つの寺院の住職の交流もしばしばおこなわれていました。
また、領主一族の生駒正久・京極家とともに西讃の大神社として独礼を許したと山下家宝禄に記されています。
生駒家が同地を去った後、生駒正久は、大平家重臣に成った 昭和44年(1969年)、県の文化財に指定された木造帝釈天立像は、11世紀頃の藤原時代に製作されたと推定されていますが、和風の親しみのある面相を持ち、香川県にある天部像の中では最も優れた仏像といわれています。
建造物としては本堂・奥殿・客殿・庫裡・鐘楼・山門・宝蔵などがあります。
👤近くにある天神山ふれあいの森‼元は、荒れていた神社を大平国祐の弟の大平国秀が改築を施した元の名は、中蓮天満神社と言った平安時代、雲辺寺の隠居部屋として創営されたという中蓮寺は、阿讃山地を徳島県側に少し下った下野呂内の標高600mの位置にあって、本尊は金の卵であった。
寺は戦国時代土佐の長宗我部元親が、阿波に進攻した際に焼撃ちに会って消失したため今は無い。
中蓮寺峰の山名はこの寺の名前を戴いたものである。
本家の雲辺寺山はここから西に点呼の間にあって、その大きな山容はすぐそれと判る。
⚠⚠⚠⚠⚠⚠⚠⚠⚠⚠⚠⚠⚠⚠⚠⚠⚠⚠⚠⚠⚠⚠⚠⚠⚠⚠⚠⚠⚠⚠⚠⚠⚠⚠⚠⚠⚠⚠⚠⚠⚠⚠⚠⚠⚠⚠⚠⚠⚠⚠⚠⚠⚠⚠⚠⚠⚠⚠⚠⚠⚠⚠⚠⚠⚠⚠⚠⚠⚠⚠⚠⚠⚠⚠⚠⚠⚠⚠⚠⚠⚠⚠⚠⚠⚠⚠⚠⚠⚠⚠⚠⚠⚠⚠⚠⚠⚠⚠⚠⚠⚠⚠⚠⚠⚠何も知らない住職が住職になる危険(ただの金もうけ)の手段しか知らない土地や歴史を無視したビジネスマン過去に寺であると同時に讃岐大平家の陣屋としても大平家家臣が詰所として使った戦国期の住職は、大平家元家臣で寺の娘を国祐が妻にして寺を継いだ現代でも(先代や先先代の住職は、心得ていたが)現在の住職は、彼らと赤の他人のため継承されず歴代住職は、大平家への礼節を大切にしたが現在の住職とは、決裂したとウワサになる寺のふもとにある大平神社の管理も今の住職は、放棄した(上記の家臣の次男が管理していたが)中蓮寺峰(ちゅうれんじみね)は、香川県三豊市と徳島県三好市の県境に位置する讃岐山脈に属する山である。
標高756m。
なお、四等三角点のある山頂部分は香川県三豊市側に位置する。
香川のみどり百選に選定されているが江戸時代に噴火次男の一族は、死亡して宗運寺のみが残り、ほこらを建て直すに止まり一族でない今の住職は、それを知らずに(無知)で寺を継いだ現在の住職は、完全なよそ者宗運寺❗中蓮寺峰寺❗中蓮天神山神社を語る上で讃岐大平家や讃岐生駒家を無視する事は、できない前置き☝★★ここ讃岐細川家重臣大平家が阿波三好家から細川家の領土であるこの地を守った関所があった付近三好家家臣が登って来にくい様に大平家の作事奉行の西山宇右衛門(武田信玄の腹違いの弟)により築かれた道で蛇行するように設計された👈天然の要害に手を加えた所々に大平家配下が潜み侵入者をはばんだ(6人にの阿波三好家一族が馬で強行突破しようとしたが大平国祐1人に全員討ち取られた)6人は、阿波三好家の跡取り候補で鬼の国祐を討った者が武勇が優れて❗それに相応しいと言い強行突破したが全員❗一刀のもとに討たれたあわれに思った国祐の従兄弟の金藤家当主(伊予と阿波両方に領土がある武将)により6人の墓が創建され社が朽ちた後に大平家により地蔵が建立された宇右衛門の子孫は、西山産業を現代でも香川県三豊市山本町で経営している現代にまで続くほど優秀と言う事がうかがえる。
県道4号(込野観音寺線)峠の頂上付近に差し掛かると鬱蒼とした常緑樹に天空を遮られ、その中に「六地蔵」の祠が祀られている。
なんともおどろおどろしい景色である。
阿波に讃岐に降りるにしろ、隘路に九十九折れ、車も心も折れうるも覚悟すべし。
旧道…P無し、トイレ無し、デート&家族連れには不向き!!だけど、天気がよければ、気晴らしドライブにどうぞ!
徳島側が特に道が悪くて草木のはみ出しも多く、普通車以上での通行は車にスリ傷が付く可能性あり。
ただ六地蔵が有るだけの峠。
景観も木々で見渡す事も出来ない。
Uターン厳し目。
この林道香川県側は比較的道路も整備されていますが徳島側は車での走行は困難、不可能とは言いませんが覚悟を決めて通ってください。
対向場所はほぼありません。
いちおう舗装それていますが枯葉、デコボコだらけ、右に左に曲がりくねり軽の4駆がサイズ的にベストだと思う。
2輪でもお尻痛くなります。
六地蔵越(香川県三豊市山本町河内)は、峠に香川県三豊市の文化財にも指定されている六地蔵があったことからの命名。
名前 |
六地蔵越 |
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ジャンル |
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電話番号 |
0875-24-9231 |
住所 |
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営業時間 |
[月火水木金土日] 24時間営業 |
評価 |
3.2 |
四国札所の中で一番気になる「お地蔵」さん。
大好きなこの山道を何度か通過するも最後かな。
淋しいです。
84歳6ヶ月車の運転を控える為にね。
同行の小さな「地蔵」さんを道標の上に置いて写真を写す。
また来るよ‼️と言いたい▪▪▪(^_-)☆