庭園も型にはまった形式でなくゆったり花や木々に囲ま...
2022.11.24拝観料を払い色々見学しながら本殿へ🚶u200d♂️お寺の草木の手入れが素晴らしく出来ていた。
からぶき屋根の休憩所では、無料のコーヒー、レモン水、ほうじ茶などがあり、ゆっくり拝観できた。
💯
千葉から伊勢・奈良の寺社巡りの旅で2022/6/4に訪れました。
平城宮東院庭園裏の道を5分位歩いたところに法華寺があります。
この寺は奈良時代、聖武天皇の后の光明皇后の発願により七堂伽藍が建立されました。
741年聖武天皇の「国分寺・国分尼寺建立の詔」により東大寺を総国分寺、法華寺を総国分尼寺とされました。
それ以来、皇室ゆかりの尼門跡寺院として1200余年にわたり営々と法灯を守り続けています。
拝観(拝観料800円)受付は赤門にあります。
本堂にはご本尊の国宝十一面観音菩薩立像が祀られています。
他には杜若が咲き誇る名勝庭園、客殿、慈光院、本堂正面の南大門、護摩堂、鐘楼堂、東書院、光月亭、東室、浴室などがあります。
蒸し風呂の浴室(からふろ)は日本最古の風呂と言われています。
伽藍の東側に植物が自然な形で植えられ、季節ごとに様々な花を咲かせる庭園の華楽園があります。
伽藍や庭園は、尼寺にふさわしくいずれも手入れが行き届き、気持ちよく拝観できました。
国宝の十一面観世音菩薩立像にお会いてきるのは年3回の特别開扉の時のみですが、インドから寄進された白檀から一木造された御分身像を拝観することができます。
その他にも国宝維摩居士坐像をはじめ、重要文化財となっている寺宝がたくさんありました。
ちょうどカキツバタが見頃で、美しい江戸紫色の花々が目を引きました。
芍薬も綺麗でしたよ。
月ヶ瀬村から移築された茅葺きの住居(光月亭)が休憩所になっており、無料でお茶、珈琲、スポーツドリンクが提供されており、とても助かりました。
夫は40年前の学生時代に訪れたそうです。
感無量の様子😳十一面観音が素晴らしいです。
ぜひともお立ち寄り下さい。
駐車場から階段や坂もなく、静かでゆっくりお参りできました。
紅葉が綺麗でした。
お花のお庭も腰をかける所がたくさんあって、のんびりできました。
特別拝観の十一面観音菩薩立像も歴史を感じました。
11月6、7日に平城宮跡近くに泊まり、周辺のお寺巡りを計画。
まずは有名な法華寺を訪れました。
秋の特別拝観(特別御開帳、今年は11月15日まで)に合わせて行ったので、常設で私のお気に入りの維摩居士坐像(国宝)のほか、御本尊の十一面観音菩薩立像(国宝)や阿弥陀三尊及び童子画(絹本著色、国宝)も間近に見られ、お天気も良く大満足の一日でした(^^)
元はといえば8世紀の国分尼寺。
今は真言宗系の全くの別物。
有名な十一面観音像は通常は公開しておらず、代わりの観音像が厨子の前に置いてあるのですが、それもまた立派です。
皇室ゆかりの尼門跡寺院です。
御本尊様は年3回御開帳されていますが、その日以外はご分身がおられます。
静かなお寺で日本最古の浴室を外観より見学出来ます。
奥にある光月亭は茅葺き屋根の趣のある無料休憩所。
お茶やスポーツドリンクの給茶機があり、静かな休憩時間を過ごす事が出来ました。
又、尼僧の手作り御守り犬はとても愛らしく、御守袋と共に受けました。
芙蓉の花が綺麗でした。
(10月9日)
神仏霊場巡礼の道奈良第九番のお寺です。
光明皇后様開基の尼寺です。
浴室 から風呂があり、薬草を利用した蒸し風呂で困窮者の福祉施設です(‐人‐)また境内にある光月亭でお茶をセルフで飲めるのでゆったりくつろげます。
法華寺(ほっけじ)は、奈良県奈良市法華寺町にある光明宗の本山の寺院。
奈良時代には日本の総国分尼寺とされた。
山号はなし。
本尊は十一面観音、開基は光明皇后である。
元は真言律宗に属したが、1999年(平成11年)に同宗を離脱し、光明宗と称する。
藤原不比等の邸宅跡に造られた光明皇后ゆかりの門跡尼寺として知られる(門跡寺院とは、皇族、貴族の子女などが住職となる格式の高い寺院の称)。
東大寺が全国の総国分寺であったのに対し、法華寺は総国分尼寺と位置づけられ、詳しくは法華滅罪之寺(ほっけめつざいのてら)といった。
法華寺の地にはもと藤原不比等の邸宅があり、不比等の没後、娘の光明子、すなわち光明皇后がこれを相続して皇后宮とした。
天平17年(745年)5月、皇后宮を宮寺としたのが法華寺の始まりである(『続日本紀』)。
この宮寺を「法華寺」と称したことが文書で確認できるのは、2年後の天平19年(747年)からである。
聖武天皇は天平13年(741年)2月14日、国分寺・国分尼寺建立の詔を発した(詔の日付は『類聚三代格』による)。
法華寺は、この詔に基づいて建立整備された国分尼寺である。
ただし、前述のように、法華寺の前身である皇后宮を宮寺としたのは4年後の天平17年(745年)5月のことであり、国分尼寺を意味する「法華寺」の寺号の使用が確認できるのは、天平19年(747年)正月の「法華寺政所牒」(正倉院文書)が初見である。
国分寺・国分尼寺建立の詔が発せられてからの数年間、大和国の国分尼寺は存在しなかったのか、存在したとしたらどこにあったのかなど、創建経緯の細部については不明な点が多い。
福山敏男は、天平16年(744年)6月8日付けの「金光明寺写経所文書」(正倉院文書)に「法花寺」という寺名が見えることに着目し、現・法華寺の創建以前に別の場所に「法花寺」すなわち国分尼寺が存在したこと、それは東大寺の前身寺院である金鐘寺に属していた阿弥陀堂であろうという説をとなえた。
法華寺は皇后発願の寺院であり、国分尼寺という位置づけでありながら、伽藍の完成までには相当の歳月を要したとみられる。
天平宝字6年(762年)の「作金堂所解(さくこんどうしょげ)」および「造金堂所解案」という文書を見ると、この時点で金堂の建立工事がまだ続いていたことがわかる。
なお、法華寺造営のための役所であった造法華寺司は延暦元年(782年)に廃止されており、遅くともこの頃までには伽藍整備が完成していたと見られる。
発掘調査の結果、奈良時代の法華寺の境内は平城宮東宮の東に接し、北は一条条間路、南は二条条間路、東は東二坊大路、西は東一坊坊間路を境として、南北3町、東西2町に及んでいたことがわかった。
創建当初の金堂や講堂は、現・法華寺南門のさらに南に位置し、金堂の南に中門、その南には東西両塔があったことがわかっている。
さらに、境内南西部には天平宝字3年(759年)から翌年にかけて建立された阿弥陀浄土院があった。
阿弥陀浄土院は、丈六の阿弥陀三尊像を本尊とし、『続日本紀』によれば、天平宝字5年(761年)、光明皇太后の一周忌がここで営まれている。
法華寺は平安京遷都以後は次第に衰微し、平安時代末期にはかなり荒廃していたことが当時の記録から伺える。
治承4年(1180年)の平重衡の兵火では東大寺、興福寺が炎上し、法華寺も被害を受けたという。
鎌倉時代に入り、東大寺大仏殿の再興を果たした僧・重源は、建仁3年(1203年)、法華寺の堂宇や仏像を再興した。
現在も寺に残る鎌倉時代様式の木造仏頭は、この再興時の本尊廬舎那仏(るしゃなぶつ)の頭部であると推定されている。
さらに、その半世紀後、鎌倉時代中期の真言律宗の僧・叡尊によって本格的な復興がなされた。
その後、明応8年(1499年)12月、大和国に攻め込んできた細川政元の家臣赤沢朝経によって焼き討ちされると、永正3年(1506年)7月、再び攻め込んできた赤沢朝経によってまたも焼き討ちされた。
そのうえ文禄5年(1596年)には慶長伏見地震にもあって、最終的には東塔以外の建物を失った。
現在の本堂、鐘楼、南門は慶長6年(1601年)と翌年に豊臣秀頼と母の淀殿が片桐且元を奉行として復興したものである。
江戸時代になり、後水尾天皇の養女・高慶尼が入寺して以来、当寺は尼門跡寺院となった。
宝永4年(1707年)、これまで兵火や地震の被害をまぬがれていた東塔が地震によって倒壊している。
法華寺は叡尊の時代以来、真言律宗における門跡寺院としての寺格を保っていたが、1999年(平成11年)に創建当時のように独立した寺に戻ることとなり、光明皇后にちなんで「光明宗」と名づけ離脱・独立した。
2010年(平成22年)5月6日 - 8日には光明皇后1250年大遠忌法要が実施された。
ちょうど、4月7日まで、秘仏のご開帳にあたり、ちかくで、美しい十一面観音菩薩像を拝観することができ、ぜひ、このご開帳の時期に寺を訪れてほしい。
美しい庭園も見ごたえあるが、静かに菩薩像と会話の時間を過ごすのも、よい。
無料駐車場あり。
名勝庭園もあり、2月でもそれなりに多くのお花が咲いていました✨セルフサービスでお茶を頂き、ゆっくり出来る所もあります🎵
お天気がよかったので、ウワナベ古墳、コナベ古墳をまわり南へ歩くと法華寺に辿り着きました。
十一面観音様を拝んでからお庭でゆっくりさせていただきました。
このあとは秋篠寺まで歩きました。
パーキング場も完備され、庭園も型にはまった形式でなくゆったり花や木々に囲まれ落ち着く雰囲気。
休憩室では無料の珈琲、お茶を縁側でいただけるのも他では見られない接待。
法華寺は天平の時代。
聖武天皇の妃、光明皇后によりご開基された。
日本の総国分尼寺の門跡寺院である。
本尊は国宝、十一面観世音菩薩。
光明皇后の姿を模してつくられたと伝わる。
光背は未開の蓮の花と茎により構成されている。
光明皇后の慈愛に満ちた心をあらわす建物などが、今も残っている。
管理が行き届いた庭園は、腰を掛けてユッタリ眺めたい。
国宝、国重文など宝物も沢山安置されている。
藤原不比等の娘で聖武天皇の夫人光明皇后が創建した御寺です。
国分尼寺、法華滅罪之寺と称されています。
訪問されたら是非本尊の観音像を参拝されることをお勧めします。
とても素晴らしい仏像です。
昔は尼寺と聞かされ、入る雰囲気になれませんでしたが、来てみたら立派なお寺です。
庭師の手が相当入ってますね。
さすが光明皇后ゆかりで宮内庁直属っぽいお寺ですね。
少しは近隣の不退寺にもお金を回してあげてほしいものです。
同じ皇族ゆかりなんだから…
法華寺は、奈良時代745年に、第45代聖武天皇の后、光明皇后が総国分尼寺として創建した、正式名称「法華滅罪の寺」と言う!現在は「光明宗」の寺院である。
本尊の国宝十一面観世音菩薩は光明皇后をモデルにインドの仏師が彫ったものであり、光明皇后の生き写しと言われている。
国宝本尊は元来秘仏であるが、現在は春秋に秘仏御開帳が行われています。
本年は10月25日~11月14日で公開されます。
是非、この機会に国宝十一面観世音菩薩に会ってきて下さい。
数年前、桜の季節。
近鉄奈良線学園前駅から徒歩で大和文華館へ。
駅に戻ってきて、バスターミナルから法華寺門跡へ。
法華寺には「国史跡 名勝庭園」があり、こちらの特別公開には間に合いました。
他に「浴室(からふろ)」「光月亭」「華樂園」。
ゆったりと参拝と散策ができました。
今日は気温30℃超え💦 杜若が見頃との事で夕刻に伺いました。
見頃と云うわりには花数少ないが趣きのある落ち着いた庭園でまったり、鯉もいる✨
観音様が美しく、感動しました。
興福寺の阿修羅像や広隆寺の弥勒菩薩様が好きな方は、気に入るかと思います。
特別拝観時しか、ご開帳していないようです。
綺麗なお庭があります☺癒しの場所ですよ🎵
春期の限定期間 国宝の十一面観音様の開帳に合わせ参拝してました。
もう一体美しい十一面観音様がおられ、薬師さまをはじめ仏像好きには良いお寺です。
駐車場が20台位で確保されていて無料がとてもい財布に優しい所です。
ご記帳期間は参拝料金が700円となります。
名前 |
法華寺 |
---|---|
ジャンル |
/ |
電話番号 |
0742-33-2261 |
住所 |
|
関連サイト | |
評価 |
4.1 |
このお寺で飼っている、とても人懐っこいねこちゃんが出迎えてくれました。
休憩所では無料でドリンクが飲めるなど、拝観以外のサービスも素敵でした(もちろん天平の頃の文化も体感できてそれも素敵です)。