津波の教訓を刻む四角柱。
六ケ浦津波教訓碑
明治三陸大津波の時の津波の最終到達点に建てられています。
六ケ浦集落内にある四角柱の面に津波に対する教訓が刻まれている。
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地元民が愛する幽霊坂の謎!
宝竜寺坂
地元民からは幽霊坂と呼ばれ親しまれてる(?
幽霊が出るそうです。
太鼓坂を下りながら、特別なひとときを。
しどめ坂
宮前小学校の反対側、太鼓坂と並ぶ急勾配の坂です。
北に向かって緩やかに下っている真っ直ぐで長い坂。
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八代市、作田家で歴史探訪!
作田家住宅
国登録有形文化財熊本県八代市中心部の商店街の近くにたたずむ作田(さくた)家住宅の主屋(おもや)と蔵。
赤い目印を目指して、島左近の墓へ!
島左近の墓
通りがかりにびっくり。
こんな場所にお墓でなかったとしても石塔があるのが不思議なくらい山の中です。
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越の国首長の墓、古墳群の魅力。
六呂瀬山1号墳
近年こちらが大きいと調査で分かりました。
散策に歩くときはすべりやすいので注意してください。
バス釣りと筑波山の景色。
茨城百景 夢の浮島碑
バス釣りのメッカですね。
江戸崎方面に、少し歩くと、筑波山が、きれいにみえる。
青木魚市場、歴史を感じる。
青木魚市場の地
ひとつの碑に青木魚市場、青木素麺、ととやみちが記載してある。
こんなところに魚市場あり有馬まで運んでいたのですね。
旧道の隧道を探訪しよう。
志戸坂峠
旧道にある隧道です。
東海道五十三次の魅力溢れる宿場町。
江尻宿
東海道五十三次の18番目の宿場である。
宿場町の案内板です。
自然に恵まれた神秘の空間。
宮地岳山頂
自然に恵まれ神秘的なので。
神浦農道記念碑
神秘的な自然に癒される場所。
内ヶ磯ダム(福智山池)の円筒分水
自然に恵まれ神秘的なので。
とても合理的な分水装置。
武家屋敷で感じる江戸時代の米の魅力。
旧・会津藩 藩米精米所(会津武家屋敷)
江戸時代でのコメの大切さが、肌で感じられます。
武家屋敷の中のコースの途中にあります。
焼山城跡の左手、じゅんさい池へ!
焼山城跡登城口
右側にはじゅんさい池があります。
旧二宮家長屋門
だんじり部の生徒の挨拶、心温まる。
柏原高校 だんじり小屋
だんじり部の生徒さん達の挨拶気持ちよかったです。
馬小屋の香り、思い出の場所。
馬場跡
足場がぬかるんでました。
馬小屋臭かったです。
旧道沿いの美しい清掃。
光傳寺跡
旧道沿いにあり、美しく清掃されています。
住宅地の素敵なお地蔵様。
出穂山子育地蔵尊
素敵なお地蔵様です✨
住宅地にある石仏。
旧富士里小学校で 新しい発見を!
一茶句碑
現在「旧富士里小学校」になっています。
大正元年の発掘体験!
西都原169号墳(飯盛塚)
169号デス。
鉄鏃、小型珠文鏡、胃形埴輪、円筒埴輪が出土しました。
二本のハナノキ 巨樹の公園。
ハナノキ公園(北花沢のハナノキ)
近い距離で二本有ったハナノキの巨樹。
Muito bonito e amplo play ground 100%
宝塚の寒い冬、帽子で温もり。
介助犬シンシアの像
冬なので帽子をかぶってました。
兵庫県宝塚市在住でコンピュータプログラマーの木村佳友に飼われていた。
珍しい六地蔵が待つ、塩野の宝!
六地蔵
塩野の宝です🤗
六地蔵はよくありますが、大変珍しい六地蔵でした。
新庄駅から心字池へ7分の歴史散策!
心字池
心字池昔日屬新庄城本丸庭園的一部分,算是古蹟。
新庄駅から歩いて7〜8分程で着きます。
先人達の息遣いを感じて。
旧参道
先人達の息遣いがうかがえる。
六兵衛の渡しで素晴らしい眺めを。
六兵衛の渡し跡
六兵衛さんという人がやっていた渡し舟だから六兵衛の渡し。
東深井の運河橋から東葛病院の方まで見渡せます。
歴史が感じられる、ここでのみの体験。
恩田やぐら
歴史は感じるが、これがどういうものかよく分かってないらしい。
古墳を見守る段丘の頂。
稲荷山古墳
古墳には好適地だと思いますが、お社のこんもりがそれかしら?
太平次公園のアコウの巨木体験。
五人番のアコウ
鹿児島県指宿市の太平次公園にあるアコウの巨木から分け木されたアコウの木。
坂戸市最大の古墳を探検!
胴山古墳
この場所に古墳があるということを知らないと、ひとかたまりの樹木がうっそうとしている場所があるというだけの印象でした。
全長約60mで坂戸市最大の前方後円墳。
白根神社境内でのひととき、光太郎碑を堪能!
高村光太郎碑
白根神社境内敷地内にあります。
レモン(原文)lemon
ねこちゃん踊る草坂の入口。
ねこ坂
石碑の文字が読めないくらいの草坂の途中に有鹿神社参道入口あり。
その昔ねこちゃん🐈⬛が踊っていたからと命名された坂。
馬頭観世音に寄り添う、特別なひととき!
石橋供養塔
2025.4.8馬頭観世音と並んでいます。
下馬の碑
片岡城の歴史を語る。
故六百三十餘人之碑
城内に残された男女が信長の命で処刑されたところ。
二百年の歴史、江戸期の石の魅力。
牛つなぎ石(追分石)
つまり追分に目印として立てられていた石だそうです。
神道無念流戸賀崎氏練武遺跡
かつての海岸線、船も寄港。
舟くくり石
かつてここが海岸線で船を停めていた。
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