多聞院の横にあったので 行ってみました。
大船駅~常楽寺~多聞院~熊野神社~六国見山森林公園~北鎌倉をハイキングしたときに訪れました。
2013/11
1579年(天正7年)創建の大船の鎮守社で境内社として琴平宮が建立されており、立派な能舞台や祠なども残されています。
神社の裏側には、短いながらも当時の面影を残す高野の切通があり素晴らしい空間が広がっています。
多聞院の横の階段を上ると古風な雰囲気を感じる立派な建築様式が光る熊野社⛩この地方を治めていた土豪・甘糟氏が勧請した神社である✨✨✨狛犬達も愛嬌のある表情で凄く可愛かった😆😆境内からの大船市内の景色は凄く綺麗で良かった🏞🌿🌿🌿
大船の鎮守杜、祭神は日本武尊命(やまとたけるのみこと)です。
六国見山の麓にあり、別当寺として建てられた多聞院と同じ敷地(すぐ隣)にあります。
熊野神社は、1569年(天正7年)に後北条氏の家臣である甘槽佐渡守平朝臣長俊(甘粕長俊)により勧請されたそうです。
境内に入ると、神社そのものが迎えてくれる「気」がします。
絶対何かいます(笑)。
鳥居をくぐってすぐ、全てが大切に守られてきたのがよくわかります。
狛犬様は小ぶりでかわいいと思いました。
大船の鎮守。
「相模風土記」天正七年(1579)、甘粕長俊が束帯姿の木像を勧請して祀ったと伝わる。
像は今もご神体として守られ、その台座には長俊勧請の旨が記されている。
明治の神仏分離令があるまで、隣接する多聞院が永く別当寺として務めた。
甘粕氏は相模平氏出身の一族で、室町期には上杉氏、後に玉縄城主北条氏の家臣を務めた一族である。
長俊は神仏への信心が篤く、永禄十年(1567)には常楽寺の文殊菩薩像の修理も行っている。
末社の金比羅社は崇徳天皇を祀っている。
寛永二年(1625)に甘粕時綱が境内に移した。
名前 |
大船熊野神社 |
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ジャンル |
/ |
住所 |
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評価 |
3.7 |
多聞院の横にあったので 行ってみました。