越中と加賀を結ぶ街道 小原道を遮断する様に城郭が展...
車であれば金沢のゴルフ場の道から登城するのが良い。
富山県側からは狭い道を通り、途中の駐車スペースに止めて、草木で道が分かりにくいところを登って本丸を目指した。
二の丸跡の下、笹が生い茂る切り岸あたりにもガイド路があったようだが、とても行けそうになかった。
そのような状況であったが、本丸や二の丸、竪堀、土塁は適度に整備されてて良かった。
国指定史跡松根城跡石川県と富山県の県境にある松根山の尾根の南北に沿って築かれており、現在は城址公園として整備され、切山城跡とともに「加越国境城跡群及び道」として国の史跡に指定されています。
松根城跡は加賀側に大きな堀が認められることから佐々方の城と考えられ、逆に切山城跡は越中側に大きな堀を設けていることから佐々方に備えた前田方の城とされます。
松根城は松根山の最高地点(標高308m)に本丸があり、その北側に二の丸、三の丸を備え、南側に3段の曲輪を配置しています。
虎口や空堀が残っており、枡形があるなど巧妙な城造りを感じます。
これらの遺構は織豊系城郭の特徴とされ佐々成政により改修されたと言えそうです。
【歴史】天正12年(1584)小牧長久手の戦いにおいて徳川家康方についた越中の佐々成政と、羽柴秀吉方についた加賀の前田利家との間で攻防がありました。
【アクセス】専用の駐車場があり、すぐに城跡本丸まで行くことができます。
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前田 対 佐々 両部将がここで睨みあってたんですね。
城跡感満載でした。
加越国境を抑える要所に佐々成政が築いた城。
郭や堀が良好な状態で残る。
佐々成政築城の山城です、比高の割には簡単に車で行けます。
国道359号線をそれて山道を進みますが…完全に山の中でした。
ちょっとわかりにくいかもしれません。
一応、散策コースが設定されてますが、足場の丸太が崩れたりして危ない箇所もありますから注意が必要。
ただ、本丸跡からの富山、石川の景色は見応え十分ですよ。
たどり着くまでの苦労を忘れさせてくれます。
あいにく曇っていましたが城跡を感じさせる眺望でした。
国道356号線小矢部側内山峠手前に左手内山集落に入る道から石川県に通じる林道を車で進むこと10分ほどで整備された駐車場に到着。
ただ知る人ぞ知る道で何処にたどり着くのか初めてのドライバーは、不安半端ない気分。
この場所では幾度も戦いがあった。
応安2年1369年越中守護桃井直常から能登の土豪吉見左馬助が奪い取った戦いに始まり、一向一揆、上杉謙信の能登攻略拠点、最後は、天正12年佐々成政と前田利家との織田対秀吉の代理戦争戦端地。
ここからの展望は最高、砺波平野、立山連峰、内灘砂丘地、宝達山、医王山は手に取るように近年回りの杉が成長し一部遮る所も、それでも素晴らしい。
見晴らしのいいところです。
越中と加賀を結ぶ街道 小原道を遮断する様に城郭が展開されています。
車で城の間近まで行けて、普通車3台ほど駐車出来る🅿が有ります。
が、城郭一帯までも整備されているとは言い難く、藪に埋もれている場所も多いとゆう印象です。
それでも、主郭周辺の堀切等の遺構は良い感じで残り、主郭からは砺波平野と金沢平野を見渡せます。
また、主郭の裏手に回ると主郭の切岸と横堀がそれなりに見応えが有ります。
戦国期 本能寺の変後 越中の佐々成政は加賀の前田利家と対決姿勢を強め、加賀へ通じる小原道の松根城等を大改修した様です。
そのおかげで織豊期の貴重な城跡を加越国境 (石川.富山県境) で見ることが出来ました。
成政、サンキュー。
織豊系城郭の特徴を色濃く残す、越中・加賀国境の要所を抑える城。
現在の遺構は、天正12年(1584)に、越中の佐々成政と加賀の前田利家が敵対した際、成政が大幅に改築したものと思われる。
付近を通る小原道を完全に封鎖して守りを固めたが、結局前田側に攻め取られた。
大堀切や土塁など、縄張りの工夫は随所に見られ、山城好きにはもうたまらない。
公園化されて訪問しやすいが、主要曲輪の周囲は笹薮化しているのが難点。
金沢側からの方がアクセスがいい。
小矢部市側からは砂利道林道だが、小矢部市はこれを舗装するとは言っている。
名前 |
松根城跡 |
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ジャンル |
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住所 |
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評価 |
3.8 |
めちゃめちゃ眺めが良いので、お弁当食べながらだと最高ですよ!