トイレ利用させていただきました。
重要文化財に指定されているこの家は名取様式建築物として興味深いですね。
中も自由に見学出来ますのでぜひご覧になってください。
当時の生活が想像出来ます。
外側はみれます。
農家の大屋敷です。
屋敷林も素晴らしいです。
蔵王おろしから家屋を守るなど多機能。
家主さんのお人柄が素晴らしいなぁといつも思います。
トイレ利用させていただきました。
きれいです。
私が育った家も茅葺き(築100年以上)でとても懐かしい。
土間、釜戸、囲炉裏、太い梁、くすんだ屋根裏、壁等々懐かしい。
昔の質素な暮らしが垣間見られます。
なんかすごく懐かしいく良かった。
国の重要文化財。
寄棟、茅葺、石場立てで、屋敷入口に藩政期の長屋門を持つ。
内部は上手にでい・なんど・こなんどを配し、続いて土間庭ぎわに〈なかま〉と〈ちゃのま〉を前後にとった5間取になる。
桁行11.5間のうち6.6間が台所庭で占められ、稀にみる大土間の家である。
この土間に計6本の独立柱が建つのは偉観である。
構造的に上屋柱が多数土間に建つのは古い手法で、宝暦年代(1751~64)の祈祷札の存在から推して、18世紀中期を降らない古民家と言えよう。
長屋門、馬屋、座敷蔵、味噌蔵、米蔵の各建物、そして「いぐね」を含む宅地周辺の敷地は、重要文化財の主屋と一体となって当地方の伝統的な屋敷構えを濃厚に留めており、顕著な地方的特色が認められる。
もう少し説明パネルなどあっても良いと思います。
伝統的旧家。
手入れがされている。
歴史保存建物。
駐車場、公衆トイレ有り。
洞口氏の祖、小野氏が永承年間前九年の役に従軍して奥州に入り、文治五年源頼朝の平泉征伐に際しては、小野成徳が義経方に味方して平泉で討死。
その子、兵衛丞安成が洞口を称し、当地の大豪族、大曲館主、小野左京太夫の幕下に属し、大曲の中の十五貫文を給されたことになっている。
南北朝時代になると洞口氏は北畠顕家に従い、興国元年には洞口清顕なる者が国見峠の合戦で討死を遂げている。
以来その子は一時名取の地を離れたようだが、天正元年になると再び名取郡に戻り大曲建主、小野兵庫三実より大曲のうち十二貫文を給されこの地に居住。
その後伊達家の時代に入ると主家大曲氏と共に畠山義継に組し、伊達輝宗の事件に関連、ために伊達家の討伐をうけ主家ともども今度は完全なる滅亡を遂げている。
時に天正十三年のことだと言う。
名前 |
洞口家住宅 |
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ジャンル |
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電話番号 |
022-385-1908 |
住所 |
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関連サイト |
http://www.city.natori.miyagi.jp/soshiki/kyouiku/bunkasports/node_1784/node_1461/node_1578 |
評価 |
3.8 |
貴重な古民家!昔の生活が垣間見える施設です。