麓の醍醐寺から上醍醐寺までを毎週日曜日早朝6時に一...
下醍醐の観音堂の先に出口があり、そこから上醍醐の入口となる女人堂へ行くことが出来ますが、一旦そこから出られると再入場出来ないのでご注意を女人堂で入山料を払います600円ですが、上醍醐の半券を見せると500円になります山頂までは450mほどですが、距離は3.5kmほどあると言われました時間も片道1時間ほど掛かると言われましたが、その通りの時間で1番奥の開山堂に着きました道標に1丁2丁とありますが、上醍醐の入口は19丁だったのでご注意をトイレは18丁にあるのが分かりやすいです五大堂の近くにもあるかもしれませんが、気づきませんでしたので、18丁の方が確実かと思います国宝の建物は、薬師堂と清滝宮拝殿がありますが、清滝宮拝殿は階段手前からしか見れません准胝堂は現在も再建されてませんので、更地のままです醍醐寺の寺名の元になった水もここにあり、汲むこと(水道式)も出来るようでした如意輪堂、開山堂は重文です如意輪堂も階段口から入ることは出来ませんでした眺望は昔は良かったのかもしれませんが、木により大阪方面が開山堂辺りから微かに見える程度でした。
女人堂から山道を約1時間登れば上醍醐です。
上醍醐までの道程は、所々で急な坂道がありますが、整備された道で登りやすいです。
ただし、登山靴かソールの厚い靴をはくことをお勧めします。
道程のほぼ半分の場所に、不動明王がお祀りされてい、そこには水飲み場とベンチがあります。
道すがら、鳥のさえずりや木々の緑を見て歩けば、あっと言う間の1時間です。
上醍醐での見どころは、二棟の国宝建築の清瀧宮拝殿と薬師堂です。
「清瀧宮拝殿」は、室町時代中期の建立ですが、木々が多い茂っていて全容がよくわかりません。
しかも、かなり荒れた様子です。
また、清瀧宮拝殿の横には醍醐寺発祥の地「醍醐水」があり、いまでも水を飲むことがてきるので、是非お試しください。
ここから急な階段を登ると、近年の落雷で焼失した「准胝堂跡」があり、そこからすぐの場所に「薬師堂」があります。
狭い敷地に建っているので全容を見ることはできませんが、鎌倉時代初期の名建築だそうです。
時間があれば、これより数分の場所に「五大堂」があり、そこからさらに緩やかに登っていくと「如意輪堂」「開山堂」がありますが、内部を見ることはできません。
開山堂がある場所が、醍醐山の頂上で標高は450mです。
上醍醐までの登山道を歩くのは楽しいけれど、上醍醐の諸堂はなんだか荒れた感じでした。
上醍醐への入山料は600円、醍醐寺の入場券を持っていたら500円です。
ハイキングを兼ねて、上醍醐に訪れてみてください😉
入山料500円です。
行きは1時間ずっと登り、最後に少しくだります。
帰りは45分程度でした。
トレッキングシューズや運動靴をおすすめします。
醍醐水までは一時間かかりますので飲み物も持参した方がいいです。
国宝、重要文化財のお堂や醍醐寺発祥の地である醍醐水、上醍醐陵(白河天皇皇后陵)など見どころはたくさんです。
登山道脇に何スタート地点から何丁という石碑が点在しています。
十六丁目までは単調な上り坂で、そこから拝殿までは下り坂です。
最初が一番きついです。
ベンチが多く設置してあるので、休みながら登ると良いでしょう。
以前入山できなかった上醍醐が目的。
醍醐寺を通ったため観覧券を買ったけど 脇の道をぐるっと回っていけばよかったかな 上醍醐は六百円 醍醐寺の観覧権があれば100円引き。
2018年の台風で被害をうけた醍醐寺へと思えば。
受付の方に行き1時間帰り1時間往復2時間と 頂上からはあべのハルカスも見えると送り出され いざ。
木々が高くのび 11月のよく晴れた昼までも薄暗く所々に電灯がついていました。
幅1.5から2mほどの道が続くので 傾斜がきつい‥日頃坂道階段に慣れてない身 早くも先行き不安💦そして足元には拳大の石がゴロゴロ。
長らく西国三十三所第11番札所が存在し、西国一険しい札所として知られた。
上り口にはかつて女人結界があったことから女人堂が置かれ、そこから険しい山間に入る。
平安時代のままに残る国宝の薬師堂、醍醐寺の鎮守神である清瀧権現拝殿、准胝堂跡、五大堂などが立ち並ぶ。
上醍醐には有名な「醍醐水」が今も湧き出ている他、醍醐山山頂(標高450m)には、如意輪堂と開山堂が並ぶ。
山頂から笠取山に向かう途中に奥の院がある。
空海の弟子、聖宝理源大師が、五色の雲がたなびいている山を見て、霊地にすべく登ったところ、横尾明神(醍醐山の神)の化身である老人が現れそこの湧き出ている水を飲み、「ああ醍醐味なるかな」と言ったと伝えられており、これが醍醐寺の名の由来になったとされています。
上醍醐寺までは、約1時間の登山が必要です。
山門から開山堂までお参りをしながら約20分くらい。
横尾明神が醍醐味なる!といったと言われる醍醐水も飲む事ができます。
とても優しい軟水で美味しいかったので、ぜひ登山で渇いた喉を癒してくださいませ。
登り切ると空気も良いし景観も良い。
醍醐寺から山道を約1時間30分程度で登れる山頂付近にあります。
御朱印はありませんが、豊臣秀頼公の建立した寺なので展望台からの眺めはいいです。
2019.11.23 良いお天気に恵まれ、初めて上醍醐へ。
女人堂で入山料600円を支払い登山道をひたすら登ってゆきます。
約1時間ぐらいで到着とのことです。
わたしは2回(不動の滝、祠)休憩をとりながら、ゆっくり行きました。
整備されていますが、足元は石が多いです。
帰り道は、杖がほしくなりました。
山の上にこんなにすごいものがあるということの驚きと、紅葉の見事なグラデーションのなかに自分がいる感じがなんとも言えず、開山堂から准胝堂跡まで2回まわりました。
醍醐の水もしっかり味わいました。
准胝堂の復旧お祈りいたします。
素晴らしい雰囲気ですが、きちんと山歩きをするつもりで来ないと、大変な思いをします。
いい運動になりますよ。
2018-01-28この醍醐山を東へ抜けると、滋賀県に行きます。
が、今回は吹雪いてきたのもあり、元来た道を引き返しました。
噂通り、難所の一つでした。
しんどい思いもししたが、キリっと引き締った空気、小鳥のさえずり、吹雪が木々は葉にあたる音、霜がおりた箇所を踏みしめる足音等々を見聞きする事が出来、良い時間を過ごせました。
醍醐水を飲めなかったのが残念でした。
醍醐水のお堂から上がると准胝堂跡があります。
今は更地になっていました。
更に坂を登ると薬師堂があり、その先には鐘楼・休憩所があります。
鐘楼を左に進むと五大堂、右へ進むと頂上になり、如意輪堂・白山大権現・開山堂・上醍醐陵があります。
鳥居を降りていくと『東の覗き』『奥の院』へ向います。
奥の院へは細い木の鳥居が目印です。
脇道がルートにも見えるので、鳥居をくぐる道を選んでください。
約30年前の小学生時、麓の醍醐寺から上醍醐寺までを毎週日曜日早朝6時に一人で修行と鍛錬を兼ね往復。
上醍醐寺傍に湧く独涸水を水筒に汲み、家に持ち帰って仏前に供えるのが私の役目であった。
数年前の落雷によりお堂が消失したニュースを知りショックを受けたがこれも定めか。
ハイキングよりトレッキングに近いのでそのつもりで訪ねるべし。
軽い気持ちで登り始めたら、結構な道のりでした。
途中、景色が見える場所が少ないのが残念❗
上醍醐には 車で来れないトコロが 気にいってます なので よくもコンナ所に 多くの伽藍を建てたモノだと信じられません下醍醐の標高が約40m 上醍醐 開山堂の標高が約440m 400mの標高差と約2.6kmの険しい山道を 長くて重い建築資材を どの様にして運んだのか 不思議ですひょつとすると 近くの山の木を伐採したか?でも木の乾燥にも数年必要だし?なので レッカーの無い平安時代末期創建の 国宝清滝宮拝殿や国宝薬師堂を初め 重文の清滝宮本殿 如意輪堂 開山堂などが建てられ 文化財として とても貴重な建物が 数多く上醍醐には有ります ココ迄の道中は とても厳しいトコ有りますが凄い建物の鑑賞と 有難い御利益と 美しい景色に旨い空気は 何物にも代えがたいお宝だと思います❗お帰りの際は 下りとなりますので 転び易く 呉々も お気をつけられます様に❗
名前 |
上醍醐 |
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ジャンル |
/ |
電話番号 |
075-571-0002 |
住所 |
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関連サイト | |
評価 |
4.3 |
以下、哲学者、梅原猛による醍醐寺を創建した聖宝(832ー907)と醍醐寺に関するエピソードです。
聖宝は空海の弟子真雅(801ー879)の弟子であったが、・・・真言密教の空海の熱烈な崇拝者になった。
空海は大学を中途退学して留学生(るがくしょう)に選ばれ渡唐するまで七、八年間ひたすら日本の山々を周り、そこで修行する山岳修行者であったらしい。
聖宝は空海と同じように、山岳修行者としての道を選ぶ。
(梅原猛著『京都発見7』134頁)そして彼が大峰山などで修行した後、自らの仏教の根拠地として見つけた聖地が今上醍醐のある笠取山の山上であった。
そこで彼はこんこんと湧く清水を見つけて、その水を醍醐水と名付けて、そこを彼の本拠地とした。
そしてこの醍醐水のある池を中心にこの地一体が醍醐と名付けられるようになった(同上)上醍醐において最も重要な建物は准胝堂であろう。
本尊の准胝観音は胎蔵界曼荼羅のなかの一尊で、聖宝が開創の際、自ら刻んで祀ったとの伝承がある。
准胝仏母尊、七倶胝仏母ともいわれ、・・・七倶胝仏母という仏の名前と准胝観音の陀羅尼を唱えれば、夫婦は円満になり望みの子が授けられるというところに注目したのであろう。
夫婦円満にして望みの子が与えられるというのは、醍醐天皇と藤原穏子の強い願望であった(同 140頁)。
醍醐寺は開祖聖宝が醍醐天皇と中宮恩師との皇子誕生を祈ることによって、醍醐天皇のあつい信仰を得て建造された寺である。
そしてそのの結果、朱雀・村上両天王という王子が次々と誕生し、醍醐天皇の皇位は揺るがないものとなった。
これは醍醐王朝とともに、藤原摂関家の権力の安泰をも意味する(同 147頁)。
とのように醍醐寺は、その開祖、聖宝が修験道の行者でもあったことから、人里離れた山奥の上醍醐を創建。
したがって本来の醍醐寺は上醍醐と言ってもよく、拝観含めて2−3時間はかかる山登りではあるものの、できる限り訪れるべきでしょう。
*入山料600円(下醍醐の券があれば500円)