再興されたが明治の廃仏毀釈で廃寺となった。
面白いところだね。
1102年に藤原頼道の娘寛子によって平等院の奥院として建立され本堂が金箔貼りの荘厳華麗なものであったそうです。
白川十六坊と称された寺院も室町時代の火災を経て、江戸時代にはその多くが衰退し幕末まで残った三坊も明治維新後の廃仏毀釈で廃寺となりましたが、旧地にある白山神社や地蔵院には文化財が残されていました。
国指定重要文化財は白山神社:拝殿木造伊邪那美尊坐像木造十一面観音立像地蔵院(京都国立博物館蔵)木造阿弥陀如来立像木造観世音菩薩坐像銅造阿弥陀如来及び脇侍像 2躯板彫両界曼荼羅 2面。
名前 |
白川金色院跡 |
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ジャンル |
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住所 |
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評価 |
3.5 |
京都府宇治市白川にあった寺院で1102年に藤原頼道の娘、四条宮寛子により平等院の奥の院として建立されて白川御所と呼ばれたが1460年の放火で焼失し、再興されたが明治の廃仏毀釈で廃寺となった。
現在は総門だけが残る⁉️