少し上に上がった場所にある鬼の俎を覆っていた古墳の...
西瓜の苗が植えられた畑の中にありました。
古墳の石室の上の部分とか。
近くに石室の台座部分の「俎」があります。
農道の脇にあり、階段を下りると道の反対側が正面になります。
少し上に上がった場所にある鬼の俎を覆っていた古墳の石室上部が崩れ落ちてきたもの。
縦に埋もれているため雪隠(トイレ)と名付けられた。
この辺りには鬼の伝説があったらしく、鬼に結び付いたといわれる。
飛鳥には大きくて奇妙な石がたくさんあります。
大きな石の真ん中を加工した跡がのこっています。
この石には鬼が人間をとらえて食べた後に用を足したと伝説が残っていますが、もともとは石棺の上の部分(蓋)が、何らかの原因でしたに落ちてきた様です。
少し上に鬼の俎板(まないた)と呼ばれる石棺の平な部分があります。
是非、見学して下さい。
ただ場所は分かりにくいです。
道が狭いので自動車はやめた方がいいとおもいます。
近くに駐車場もありません。
自転車か歩きにした方が無難です。
のどかな農道沿いにあります🙂道側から見るとデカい岩があるな〜ってくらいですが、回り込むときれいにカットされています🤩他のパーツと組み合わされるんだろうなっていう凸凹もきれいに残っていて、当時の技術の高さに驚きます🤗
かくれんぼするには、ちょうどイイ。
立ちしょんべんするにもちょうどイイ。
昔の人は、ユーモアがあるなぁと思います。
車では行きずらいので、歩きか、持統天皇の駐車場に車を停めると良いと思います。
この人工物は、前の高台にある鬼の俎から転がり落ちていた石室だそうです。
鬼の俎・鬼の雪隠は伝説上の呼び名です。
昔この辺りに棲んでいた鬼が、通りかかった人を道に迷わせ、捕らえては「俎(まないた)」で調理し、食べたあと「雪隠(せっちん)」で用を足していたという伝説です。
確かに山裾の細い山道であり、鬼や山賊が出てきてもおかしくない雰囲気を漂わせています。
実際は古墳の石室がバラバラになったものであり、「俎」が底石、「雪隠」が石室を覆っていた蓋石又は壁が、地震で崩れ落ちたのか、 人為的に崩されたのかとも言われています。
近くに欽明天皇陵があることから、カナヅカ古墳と同様に、その陪塚なのか、それとも単独の古墳なのかは定かでありません。
被葬者も色々な説があり、欽明天皇や斉明天皇、又は蘇我一族の有力者という説もあります。
個人的には、大化の改新で亡ぼされた蘇我一族の古墳が徹底的に取り壊された跡ではないかと。
石舞台古墳が蘇我馬子の墓であり、古墳を覆っていた封土が失われて石室のみとなっていることが思い起こされます。
それを考えると、歴史ロマンよりも怖さを感じます。
ここは天武・持統天皇から欽明天皇陵・猿石に至る途中にあり、車よりも徒歩や自転車をお勧めします。
まな板の上から落ちてきたのかと思うと色々想像がふくらみます。
鬼の俎板と合わせて石室の一部だったらしい怖い伝説がある。
終末期古墳の石室の一部という明解な説明があるので、伝説的なロマンという感じはなく、当時の高い技術力の方に関心が向かいます。
しかし、どうしてこの状態で放置されているのでしょう。
やはり悩ましい遺跡です。
電動自転車での散策を前提にしています.猿石を見たら,来た道を戻り,最初の小さい四つ角を左折,暫く行くと右手に田んぼが続き,右手に雪隠,数m先の左手の階段を登ると俎がある.狭い農道なので,雪隠の前のスペースに自転車を止めるしかない.
明日香を歩くときのウォーキングコースの一部になっています。
自転車で周っている方々にも自転車が止めやすくて人気です。
まわりの景色がとにかく広大で、さえぎるものがなく、一望できます。
すぐ近くにある「鬼の俎(まないた)」の上部といわれていて、「鬼の俎(まないた)」から転がり落ちてきたと考えると、何をどうしたらそんなことになるのか、ちょっと不思議なくらいのサイズ感です。
年に数回は訪れる超お気に入りな場所の一つです。
駐車場はありませんが車で通ることのできる道です。
道案内の看板もできていました。
古墳の石室の一部。
なかなかきれいな場所にあって、不思議な石。
周りの景色が・・・
傳說中是以前鬼上的廁所,實際用途不明,可是是一顆保存時代非常久遠的石頭。
車道を挟んで鬼の俎の反対側にあります。
こちらは車道のすぐ脇なので見落とすことはないでしょう。
他の奇石のついでに回るのがよいでしょう。
名前 |
鬼の雪隠 |
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ジャンル |
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住所 |
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評価 |
3.7 |
雪隠に見えますね。
石棺と考えるとちょっと雪隠は失礼な気もしますが、分離されてから鬼の伝説ができたのですね。
飛鳥歴史公園館から十分ぐらいです。