小さなお寺の門前に立て札と碑があります。
伊東甲子太郎外数名殉難之跡 / / .
ずっと行きたかった所でした。
とても親切に対応して頂きました。
とてもいい御主題頂きました。
まだ花の印が変わると教えて頂いたので楽しみにして伺いたいです♪
京都駅前、西本願寺などから近いです。
日蓮宗本光寺さんの入口に、石碑かわ残ります。
こちらの御朱印帳のデザインも、伊東甲子太郎になります。
京都駅からほど近い距離に、小さなお寺の門前に立て札と碑があります。
新撰組の新駐屯所たる西本願寺からは近いとはいえ、ここから高台寺までは結構遠い。
物騒な幕末京都、夜明かりのない当時(ドラマのような明かりはなくほぼ真っ暗)に、歩いてこの距離を帰るのは何儀。
逆に言えば狙うに都合が良い。
あの伊東がこんなとこまでノコノコ出て来て夜中に帰るなんて、新撰組との確執っての自体が怪しく感じる。
高台寺党は仲良いもしくはお題目通り新撰組の別働隊だったんじゃないか?たんに怪しいと思ったらシメる(コロス)、気にいらないからツブす、そんなアウトロー気質でヤッたんじゃなか?歴史考証のような高尚な考えなどなく、ムカつくからやっちゃえよみたいなノリだったんじゃないかなって思えてくるよ。
場所的に。
幕末のあの殺し殺されが横行する京都で、高台寺から夜中にこんなとこまで、よほどの信頼と理由がないと来ない。
(18/04/07)伊東甲子太郎外数名殉難之跡の碑。
幕末、新選組を離脱し御陵衛士(高台寺党)を結成した伊東甲子太郎が新撰組の襲撃にあい、本光寺門前の門派石(題目石塔)によりかかり絶命した。
京都市の伊東甲子太郎 殉難の碑と駒札が一枚と供養塔があります、それ以外は何の痕跡も無く唯、此処でその様な事件が有ったと言う事です。
しかし、京都ではこの数日後、大きい事件が起こります、そうです!坂本竜馬暗殺です。
当時新選組屯所だった西本願寺の目と鼻の先でお供も連れず伊藤甲子太郎がいかに無防備だったかがわかった。
御陵衛士の屯所だった高台寺までは歩いて1時間弱もかかり、酒に酔って歩くには現代人からすると長すぎる。
数日後には坂本龍馬が暗殺されるなど血生臭い京都でよほど無用心だったのか腕に自身があったのか…
名前 |
伊東甲子太郎外数名殉難之跡 |
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ジャンル |
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住所 |
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関連サイト |
https://www2.city.kyoto.lg.jp/somu/rekishi/fm/ishibumi/html/si035.html |
評価 |
4.1 |
京都駅から歩いて5分もしないところにひっそりと看板があります。
当時の屯所は不動堂村だと思うので、屯所からこんなに近いところで騒動があったのかと驚きました。
あの藤堂平助もここで没したんだなあとしみじみしてしまいました。