支城である布掛城からも登る事が出来ます。
支城である布掛城からも登る事が出来ます。
ただ、そちらの登山道は分かりにくい部分もありますので、GPSなどで確認しながら歩く必要があります。
曲輪、堀切など遺構がよく残っています。
お手軽登山でいってみました、道はほぼ舗装されています。
岩伽羅城跡由緒。
和田家代々の居城であった。
天文二十三年(一五五四)和田三河守道興の時、武威を募り主家(河野家)の叛き平岡房実に攻められ落城(天文の合戦)。
その後を山城守和田通勝が継承、その子の右衛門尉道繁と河野家に忠節を尽くしたが天正十三年(一五八五)豊臣秀吉の四国征伐により河野家が滅び和田家も運命をともにした。
標高六八七米。
城館構成:長軸一七〇米、短軸三十米、堀切、石畳が出土、階段式連郭構造。
支城:衣掛城(樋口)、吉山城(志津川)、粉退城(西岡)、不動城(山之内)、烏ケ嶽城(山之内)。
(案内板より)
名前 |
岩伽羅城跡 |
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ジャンル |
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住所 |
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評価 |
3.8 |
コースは他にもありそうですが、東温市総合公園から登ってます。
ほぼ整備された林道のハイキングコースです。