名前 |
富士浅間神社 |
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ジャンル |
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住所 |
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評価 |
3.0 |
御祭神 木花咲耶姫之命此のお宮は木花咲耶姫之命を祭神として祀られ特に桜の花のように美しい命と伝えられます。
宝暦十年(1760)に立派な石鳥居や石灯籠が奉納されてあり、当時は富士新田村として栄え、神社には御神楽殿もあり、養蚕の神、五穀豊穣の神として信仰され村内外から大勢の参拝者があったと言います。
明治四十二年(1909)相俣の神社へ合併されその折当村代表が送っていった処、帰りには是非私を連れて帰って当所に置いてほしいと言われたとのこと。
大正三年(1914)に火災で全焼、その后大正十一年(1922)に日本酢酸会社始め多くの信者の協力によりお宮を建てました。
時の流れと共に三・四戸の地区となり、昭和二十年(1945)の敗戦により二十二年に食糧難の為赤谷から三人の若者が入植し二十五年から川古、廣河原の方々と此の宮の氏子となりお祭りを再開。
昭和四十年(1965)相俣神社總代の協力により拝殿を新築、平成八年(1996)に奥宮を改築しました。
地域の繁栄を祈願し現在に至ります。
(境内「改築記念碑」より)社殿左横に「美人桜に憧れて」と刻まれた小さな石碑が建っています。
石碑裏面には、昭和二十三年(1948)二十歳前半でこの地に入植された方の、「美人桜」時と共に、後継の二世三世の成長する姿に対する心からの敬意の言葉が刻まれていました。
わずかな文字数の文章ですが、その行間には、二世三世と成長する「美人桜」と、食料もインフラも何もない時から現在に至るまでの地域の方々の努力してきた姿が重なって書かれているように見えて、神社も美人桜もこの地域も永続するようにと祈りたくなります。
(個人的な感想です)