横浜の山手公園の南側に 妙香寺という寺があり,寺の...
横浜の山手公園の南側に 妙香寺という寺があり,寺の境内に この碑が建っています。
明治2年(1869年)10月、薩摩藩の青年藩士30余名が、当妙香寺に合宿し、英国陸軍第10連帯第1大隊所属軍楽隊の指導者ジョン・ウィリアム・フェントン(John William Fenton) から吹奏楽を学んだ。
これが日本人による吹奏楽団創立の序であり、吹奏楽活動の緒となったそうです。
平成元年、発祥から120年目にあたるこの年、日本吹奏楽が悠久に発展することを祈念し、吹奏楽界同志に諮りこれを建立した。
そして、謹んで日蓮宗本牧山妙香寺に献呈することになりました。
この妙香寺という寺、実は他に 「国家君が代発祥之地」の碑もあるのです。
明治維新後、薩摩藩の部隊が此処に駐屯し、この兵に、外国の軍楽隊の演奏に感激した島津の殿様が、自腹で楽器を購入して外国人の指導を受けさせ演奏したのが君が代の元になったそうです。
NHKで警視庁の演奏を聞いたのですが随分今のものとちがいますね。
また、この演奏が日本における吹奏楽のことはじめとなったわけです。
こんなところに!
名前 |
日本吹奏楽発祥の地 |
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ジャンル |
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住所 |
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関連サイト | |
評価 |
3.8 |
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君が代の発祥の地と言われている妙香寺の敷地内にある。
1869年に英国陸軍軍楽隊長のジョン・ウイリアム・フェントンがここで30人あまりの薩摩藩の武士たちに吹奏楽を指導した。
この時の薩摩バンドが、我が国の軍楽隊へと発展。
やがて世間に広がり、のちに学校や企業などの民間バンド創設へと波及して、現在の吹奏楽の基盤となった。
当時英国軍の駐屯地が山手に、薩摩藩の貿易出張所が横浜公園近くの薩摩町にあり「どこで練習しようか?」となった時、お互いの場所に近く、敷地が広くて合宿ができる場所も十分にあったことから、妙香寺が選ばれたと言われている。
フェントンは君が代の作曲もしたが、現在のそれとはまったく違う、歌詞にも合わないものであった為、世に広まる前に作り直された。